憤懣の雑用係
「む、」
2Bの暗幕が足りないらしい。指定された数を確認して体育倉庫の鍵を貰って、事務室を後にする。
倉庫へ向かう足取りは重かった。(だいたい、なぜ俺がこんなことを!)
そもそも、今朝たまたまつけたニュース番組がいうには今日の運勢は12星座中最悪。それだけでも気分が悪いというのに、その啓示を表すように最初の授業には遅刻し、(アステルのやつが茶を飲んでいけと呑気に言うから!)次の授業ではらしくもない発音ミスをし、(細かいミスを指摘するのがそんなに楽しいかあの小娘!「リヒター先生ったら、おばかさァん☆」思い出しただけで胃がむかむかする!)あげく、授業を持っていない2Bの生徒には事務員と間違われ暗幕を頼まれ、(そろそろ泣きたくなってきたぞ!)これじゃ泣きっ面に蜂に鞭だ!
苛々しながら、それでも真面目な性分に突き動かされて仕方がなく体育館まで来る。倉庫から3枚暗幕を持ってくる、それだけだ、と自分に言い聞かせて、バスケ部の練習の横を早足で過ぎる。・・・飛んできたボールが当たった。(星座占いが最悪だからといって、ここまですることはないだろう!)
踏んだり蹴ったり、満身創痍でようやく倉庫までたどり着く。
厚い布が幾重にも巻かれた束を、三つ。暗幕は予想以上に大きく、ひとりで持つのはなかなか骨がいった。しかし手伝う人手もない、しかたなく俺はすべてを両手で抱えた。
重い、
重い重い重い、手がもげそうだ、
暗幕のせいで前の見えないのに気をつけながら、ふらふらと廊下を蛇行する。
と、声をかけられた。不機嫌に振り向くと、同僚の姿があった。いつも通りの笑顔に、わずかに機嫌が直る。
「リヒター、なにしてるの?」
「・・・頼まれごとで、暗幕を運んでいるところだ」
「そ?じゃあ僕も手伝うよ、」
ほら貸してと差し出された両手に、悪いなと言いながら1枚そっと載せる。
「あ、わ!・・・案外、重いんだね」
「大丈夫か?」
うん、と言った途端、その身体が傾いだ。それを見て、反射的に身を動かす。ふらつく華奢な肩を、両手で抱きとめる。
「あ・・・・・ごめん!・・・ありがと」
穏やかな笑顔にほっとした瞬間―――どさり、どさ、
振り向けば、廊下に散った暗幕が3枚。ぐるぐる巻きのそれは、くる、くるりと遠くに離れていくところだった。
ありゃ、ごめんねと屈託なくアステルが笑う。その笑顔に文句を言うこともできず、ぐっ、と拳を握る。
クラトス先生が通りかかった。ああ助けを頼もうと思ったとき、先手をうたれる。
「ああ、アステル先生、ユアンが探していました。授業のことで相談があるとか」
「あほんと?ありがとう」
ごめんそういうことだからいくねとアステルはぴょこぴょこ行ってしまった。(・・・・本音を言うと、あまり手伝われない方がよかったのかも、いや、いやそんなことはない・・・ない、ないぞ、俺・・・・・)
残された俺が視線をやると、クラトス先生は廊下に散らばった暗幕を一瞥し、早く片付けてくださいと冷たく言って去って行った。(だいたい俺はあの教師が気に食わないのだ、俺だってそう悪い容姿ではないはずなのに向こうばかり女子にキャアキャアと騒がれて!俺にはアステルがいるし別に騒がれたいわけではないが人気か不人気どちらがいいと聞かれたら当然人気の方がいいわけで!・・・あああなんで俺は生徒から哀れむような目で見られるのにあいつは羨望のまなざしばかり!まったく腹立たしい!ああそこの生徒暗幕を踏むんじゃない!)
ああ、もう!
苛々する、苛々する苛々する!