被覆の少年









ゆらゆらり、

前を揺れる銀糸が斜陽にきらめく。おもわず目を細めて、ああほんとうに光のようなひとだとおもう。

その輝きを今自分が独占しているのだと思うと、ひどく気分がいい。秋の初めにもかかわらず貼りついたままの残暑もまったく気にならなかった。

視線に気づいたのか、ジーニアスがくるりとふりむいた。首を傾げたのに、なんでもないよと微笑む。そう?とちいさくうなずいて、彼はまた前を向いた。耳に残るやさしい声音が心地いい。

(―――ボクの、最初の友だち)



ジーニアス・セイジ、真面目で誠実な学級委員くん。

入学式の日、初めて見たときから彼は異質で、どこか特別だった。子どもっていうのは過敏な嗅覚を持っていて、クラスメイトのことはたいてい、鋭敏に嗅ぎ分けてしまうのだ。その嗅覚が、彼の特異を告げていた。最初は、教師に優遇されそうな人間だと思った。大人が好む子どもだと思った。それからしばらくして、その思い違いを知った。彼は皆に好かれる人間だった。そして皆を好く人間だとわかった。

なにを見るときもその瞳にはやさしい色が燈っていて、(ほとんど見たことはないけれど、)怒っているときだってその目はまっすぐで、正直、美術室で初めて見つめられたときはどきっとしたものだ。絵を誉められたときにはあやうく卒倒するところだった。(だってずっと心ひそかに憧れていた人に話しかけられたんだからしかたがないじゃないか!)破裂しそうな内心を堪えて平静を装うのは本当に大変なことだった。


けれど本当に大変なのは、そこからだった。

気がつくと任されていた内装班長、となりには笑顔の学級委員さま、そしてその手には手のひら大のカボチャ。


ハロウィンのイメージでね、内装はここをこうして、それから小物はこんなかんじで、あと看板のイメージはこうかな・・・あ!もちろん美術監督はミトスに任せるから!(いやいやあのいきなりそんなことをいわれてもこまるから、ね?)

じゃ、だいたいこんな方針でお願い、僕もできるかぎり手伝うからさ、ねっ?(卑怯だ、そんな目で見られてボクが断れるはずがないんだ、)

わあ!ちょっと見ないうちにだいぶ進んだね!さすがミトス、すごいや!・・・やっぱりミトスに任せてよかった、迷路、すごくいい感じで出来そうだね!(・・・だってキミにそう言ってもらえるためにがんばったんだ)


ジーニアスの喜んでくれるのがうれしくて、ただひたすらに、文化祭の準備をした。体調が優れなくて、ふだんなら無理をして学校に来たりしないところを、無理をおして通った。準備は着々と進んだ。今まで話したことのなかったクラスメイトとも喋るようになった。学校が変わった。ジーニアスのおかげだった。人見知りが激しくて、病弱を盾にして逃げていたボクに明るい道を教えてくれたのはジーニアスだった。

光のようにまばゆい、彼をみつめる。廊下がもうすぐ終わってしまうのは残念なことだ、家は正反対だから、学校を出たらボクたちはお別れなのだ。

明日も会えるのにと、そんな感傷を笑おうとしたとき、ふと、前を行くジーニアスの足が止まった。見れば、模造紙を広げて廊下を占領している二人の上級生。おどおどとジーニアスを見やると、彼の名前が呼ばれた。

「ジーニアス!まだ残ってたのか」
「うん、クラスの小物作りがなかなか終わらなくって」
「あ、えっと、なんだっけ、ジーニアスのクラス、」
「迷路だよ、時期も時期だから、ハロウィン調の」

気さくに話をするジーニアスの姿に、なぜだか歩み寄る不穏。夕刻に伸びる影に覆われてしまいそうな、そんなきもちになる。

きゅっと手のひらをにぎりしめる。そろそろ帰ろうと言い出そうとしたとき、ようやくジーニアスはふりむいた。待たせてごめんね、かえろっか。いつもと変わらない声音にほっとする。(気のせい、気のせい、だ)にぎった拳はそっとほどいた。





階段を降りて下駄箱を目前に、ふたたび、ジーニアスを呼ぶ声があった。どこかで聞いたようなそれに振り向くと、桃色の髪の少女が立っていた。同じ美術部の、プレセアだった。ボクに気づいてちょこんと会釈する。

返事をしない不審に見やれば、ジーニアスの顔は見たこともないほどに赤かった。窓はない、夕陽のせいにするのには無理があった。震える唇がやっと開く。

「プ、ププププレセ、ア、ずいぶ、ん、遅くまっで・・残って、る、んだ、ね・・・!」
「はい。美術部の彫り物がなかなか終わらなかったのです」
「そっ、そうなんだ・・・!お、おつかれ、しゃま・・・・・!」

裏返った声、沸き起こる不安。ボクは呆然と、目の前の少女をみつめた。部活中となんら変わらない無表情が、微かに緩んでいるような気がした。

ぎゅ、

手のひらに食い込む感触があった、けれど、そうしていないとどうにかなってしまいそうだった。影に覆われた空間ではうち負けてしまいそうだった。今度は、気のせいでは済まされなかった。







となりにいるのは、ボクひとりでよかったのに