くらやみの騎士とお姫さま
売り言葉に買い言葉、うっかり口走ってしまったのは本当に不覚だった。ああもう、なんで、なんでなんで、
「なんでわたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ・・・!」
「だいじょうぶ!アリスちゃん、怖かったらいつでも俺に抱きついていいんだよ」
「あんたと一緒ってとこも嫌なのよこのバカ!あああくさいくさい近寄んないで!」
迫ってくる3kをしっしと手で払う。暗闇でこいつとふたりなんて、なんて罰ゲーム!けれどその原因は自分にあるのだと思い出して、ふたたび自己嫌悪。ああ、ほんとに、
(あんなこと、ゆわなきゃよかった・・・・)
文化祭なんて回るつもりはこれっぽっちもなくて、クラスの当番のない間は食堂で休もうと、旧校舎に行ったのがいけなかった。
途中で通り過ぎようとした2Cの呼び子がマルタちゃんで、寄っていきなよと声をかけられた。無視してとおりすぎようとしたら同じく2Cのデクスに見つかって一緒に入ろう入ろうと引っぱりもどされ、しまいにマルタちゃんに怖いの?と聞かれて、ついつい言ってしまったのだ、(ああ思い出してもなんて愚かしい台詞!)
『怖くなんか、ないんだから!』
なら入ってみなよと挑発され、わかったわよ入るわよとむきになって、真っ暗闇にご案内されて今にいたる。(ああもうほんと、さいあく!)
実を言うと、お化け屋敷は苦手だった。小さい頃、暗闇に転んで作り物の井戸に落ちたのがトラウマで、それからはできるだけ避けて通ってきた。けれどまさか、あのマルタちゃんのクラスのお化け屋敷に入ることになるなんて!悲鳴のひとつでも上げようものなら今後の沽券に関わるではないか。こうなったらとっとと抜けてしまわなくては。仄かに赤いライトの点る道を確認して一歩踏み出す。
「・・・とっとと行くわよ、」
「あ、アリスちゃ、」
なによと振り返った瞬間、背後でなにかが動く気配があった。反射的にもう一度前を向いてきゃああ!飛びのく!黒い壁が割れ、にゅっと飛び出た骸骨がこっちを見下ろしていた!
「なっ、な、なな・・っ!!」
「・・俺が作った仕掛けがあるから、待ってって、言おうとしたんだけど・・・・」
「・・・・っばか!・・な、なに作ってるのよ、も、ばかぁ・・・・・!!」
もう作り物だとわかったけれど、それでもおどろいたせいで身体の力が抜けて、かくんとくず折れてしまう。ああもうだめだ、ひざが笑っている、完全に腰が抜けた、悔しいけれど途中退室せざるを得ない。マルタちゃんの勝ち誇った顔が目に浮かぶ。むかつく。
そんなこと、考えながら座り込んでいれば、デクスがしゃがんで手を伸ばしてきた。
「大丈夫?立てる?」
「・・・・・あんたのせいよ、3kデクス」
「う・・そう、だよね、ごめん」
ふん、あんたがしおらしくしたところでわたしが立てるようになるわけでもなし、なんの足しにもならないのよ。
とにかくさっさと立ち上がらせなさいと言おうとしたとき、スッと腕が伸ばされた。え、と思っているあいだに、背に回された手、ごめんねと耳元で聞こえた声。え、え、とおどろいているあいだに、離れた床、奇妙な浮遊感。
「え・・・デク、ス?」
「ごめん、ちょっと揺れるかもしれないけど、目、つむっててね、」
「なに、」
「いくよ」
トン、とかるい音、揺れる身体。反射的につむった目、頬を撫ぜる生温い風。地に足のついていないのはすこし不安だったけれど、支える腕はしっかりしていて怖くはなかった。空を切る手がなんだかおぼつかなくて、しかたなく、すぐそばに感じるセーターの裾をきゅうとにぎった。
すこしして、視界がじょじょに明るくなってくる。パァと、つむった向こうの世界が光を取り戻したのを目蓋に感じて、そっと、目を開ける。
ぱちぱちと数度まばたいて、ようやく自分の格好に気がつく。いわゆる、お姫さまだっこの体勢。とりあえず目の前の顔を思いきりなぐってやった。げふう、きもちのわるい声が聞こえたけど気にしない。というか、
「さっさと下ろしなさいよ3kデクス!」
「あ、う、だだだって、アリスちゃんが怖がってると、おもって、」
「っあれくらい、全然こわくなんかなかったんだから!勝手にこんなことしないでよね!」
「ごっ、ごめんようアリスちゃん!」
そろそろと、足元から床に下ろされる。ようやく足にもどった感触にほっとした。何度か踏みしめてそれから、そろそろ教室に行かないと、と現実に気づく。顔を上げるとデクスが慌てたように言った。
「あっあの、アリスちゃん、えっと、午後から、合唱部の発表だよね?」
「・・そうだけど」
「俺、ぜったい見にいくから!当番の時間もちゃんとずらしたから、だから、」
「・・・・・しもて、」
「え?」
「アリスちゃん、舞台の下手で歌うの。だから、左側の席の方が近いのよ」
デクスはしばらくなにを言われたのかわからないようだった。いつまでもいるのも気まずくてさっさと歩き出すと、ようやく、うしろから声が追いかけてきた。
「っアリスちゃん、あの、ありがとう、えと、っあの、がんばって、ね!」
まぬけな声、もうちょっとましなことがいえないのだろうか。でも、
(・・・・・そんな単純なことばでやる気になるわたしも、そうとうの単純だわ)