笑顔の文化祭 前
am.10:30
すこし遅れて教室にきたワイルダーに、午後から一緒に回ろうぜと誘えば、なんだかやたらにうれしそうな顔をするのでちょっと照れた。俺午前中はこの時間シフトないからとだけ言って、置いて教室を出ようとすると、背後に引き止められる。なんだと聞いたら昼にたこ焼きでも食べにいこうなと言って、小さく笑って奥に着替えに行ってしまった。(・・・なんで俺が焼きそばよりたこ焼きなのを知ってるんだ?)
首を捻りながらも混み合った廊下に出れば、右手から来た人とぶつかってしまった。踏まれた足に顔をしかめながら、すいません大丈夫ですかとよくよく見ると、となりのクラスの幼馴染だった。
「あ、コレット」
「ロイド!わあ!すごいカッコだね!」
言われてああと自分の服装に気がつく。今日の3Aは執事喫茶"カフェセバスチャン"(名前はクラスの担任から拝借)うちのクラスの男子は全員、燕尾強制なのだ。リボンや裾を楽しそうにさわったり眺めたりして、コレットが言う。
「えーっと、なんていうんだっけ?こうゆうの」
「こうゆうの?」
「あ!そうそう、『孫にも衣装』だよ、現代文でユアン先生が言ってたの〜」
「マゴニモイショウ・・・どういう意味だ?」
「うーん・・・・孫に衣装を着せてみたらあらかわいいってことだったかなあ」
「へえ!じいちゃんばあちゃん視点なんだな」
「うんっ!高齢化社会にもやさしいね!」
にこにこするコレットにふと、首を傾げた。
「そういやコレット、ずいぶんゆっくりしてるけど、いまの時間もしかしてひまなのか?」
「え?あっ、わすれてた、ちがうのちがうの、これから家庭科部の当番なの」
そう言ってきゅっと握り締められた手にはエプロン。俺は学祭前から廊下に貼られてたポスターを思い出した。
「ああ、手作りクッキーとシフォンケーキだっけ?」
「うん、わたしはケーキの担当なんだ〜。よかったらロイドも一緒にくる?ちょっとなら分けてあげられるよ」
「いいのか?じゃあ、行こうかな。まだどこに行くかあんま考えてなかったし」
「そっか、じゃ、いこっか」
「おう!」
am.10:35
多少の遅刻だったが副担任のフォシテスに怒られた。めんどくさい。
それにしてもよく知りもしないガキをあんな簡単に手伝うなんてらしくないなとおもいながら、渡された燕尾に腕を通す。(ああほんとアーヴィングのせいだ)しかもさらにめずらしいことに、そのガキによけいな世話まで焼いてやったのだ。(どうやら一緒にいるとおせっかいってのは移るもんらしい)あげく、他の人間より、よっぽど自分に言った方がいいようなことまで言ってしまった。(・・・ばかか、)
着替えを終えてホールの方にもどれば女子の歓声、愛想を浮かべて手をふりながら、ちらり、時計を確認する。クラスの当番は11時半までだった。終わったらアーヴィングに連絡しようとそっと携帯をポケットにしのばせて、やってきた女性に笑顔をふりまく。休憩時間のことを考えるといつになくわくわくして、笑みをつくるのはかんたんだった。声がこころなしはずむ、
「おかえりなさいませお嬢さま」
am.10:40
準備中の家庭科室はさながら戦場だった。足を踏み入れるなり声をかけてきた後輩から進捗を聞きながら、コレットはいそいそとエプロンを着た。それから、くるりと俺をふりむく。
「あのねロイド、わるいんだけど、地下駐車場まで材料を取りに行ってもらってもいいかなぁ?業者の人が今ついたらしいんだけど、11時半から販売で、みんないま手いっぱいなの、クッキーの方もあんまり上手く行ってないみたいで、」
「おう、いいぜ。場所、すぐにわかるか?」
「うん。袋を抱えてるはずだから、見ればわかるとおもう」
「わかった、行ってくるな」
そうして階段を駆け下りて駐車場に行ってみれば、たしかにすぐに業者には気がついた。問題はそのあとだった。小麦粉だの砂糖だの、他のクラスで使うものも家庭科準備室に一度運ばないといけないらしく、かなりの数の袋がトラックに詰まれていたのだ。ひとりじゃとても運べないとおもって来た道をもどれば廊下の途中で、数度見かけたことのある顔をみつける。名前は知らないが用務員さんかなにかだろうと声をかけた。
「すいません、家庭科部の運搬、ちょっと手伝ってください!」
「ん?・・・なんだ、俺か?」
「人手が足りないんです、お願いします」
そう言って頭を下げて、手をつかんでまた走り出す。うしろでちょっと待てだとかごにょごにょ聞こえたけど、急いでいたから無視した。
am.11:15
あと15分かと確認して心がはやる。文化祭なんて去年まで全然楽しみじゃなかったくせに、我ながら現金だなとおかしくなった。(でも今年はいっしょに回る人間が特別なんだから、しかたない)
席を立った一組を見送ってあたらしい客に目をむければ、見知った顔にすこしおどろく。
「しいな?」
「っ!ゼロ、ス、」
硬直した、中学からの腐れ縁。あごをつかんで持ち上げれば、パッと払われた。(この意地っぱりめ)
「なんだよ、入るの入らないの、」
「はっ、入るわけないだろ!となりのクラスだから、ちょっとのぞいてみただけだよ!」
「・・・・うちのクラス、結構ならんでるけど」
「・・っ・・・!」
カァ、と朱の走る顔ににやけながら、一名さま窓ぎわの席にご案内。しいなは来店に頭を下げる執事たちにおどおどしていてなんだかかわいかった。
「で、ご注文は?」
「え!えー、と、ア、アイスティー、ひとつ」
「ケーキもあるけど?」
「いっ、いらないよ、すぐ帰る!」
「まあまあそう言わずに。ゆっくりしてけばいいじゃないの〜」
「か え る !」
あいかわらずのツンデレに苦笑しながら、俺はオーダーを伝えた。(あ、デレがないからツンだけか)