薔薇色の家庭科室







絶望の悲鳴が響いた。

なにがとふりかえればそこには儚く散った、無数のクリーム色、シルバーのトレイ、倒れこんだ少年、足元には準備のために床に移動されたミシン。すぐに状況を把握したリーガルは彼にかけよった。

「エミル!怪我はないか?」
「う・・あっ!す、すみませ・・・!クッキーが…・!」
「ばか者、そんなことより、どこか打ったりはしていないか?」
「あ、だいじょうぶ、です。ころんだだけなので、」
「そうか、」

細身の少年を立ち上がらせると、その顔色がサッと青くなった。

「ご、ごめんなさい!僕のせいで、クッキーが・・ただでさえ時間、ないのに、」
「おまえのせいではない、私が部屋の整理に気を配るべきだったのだ、気にするな、」
「でっ、でも、先生・・・もう時間、ないです、どうしたら、」

問われてすぐに答えは出なかった。形まで作り終えたタネを失ってしまったのは痛手だった。シフォンケーキだけ先に出して、発売時間を延ばすべきかと思考をめぐらせていると、視界の隅、動く影があった。

見遣れば、それはリフィルだった。せわしなくはたらく手は、さっさと材料を測っていた。

「リフィル、」
「・・・時間がないのでしょう?だったら、急いで作り直すしかないのでなくて?」
「しかし、12時まであと30分しか、」
「厚さを薄めにして、そのぶん数を多くしたらなんとかならないかしら。そうでなくてもとにかく早く作業しないといけないわ、」
「・・・・・そうだな、ケーキの方の生徒も回してもらおう、エミルは急いで床を掃除してくれ」
「っはい!」

そうして、家庭科部の総力と、家庭科教師の努力、そして社会科教師の底力で、数分後には最初のトレイがオーブンに入れられた。残った時間は20分ほど、ギリギリ、当初の時間にも間に合いそうだった。あまりの感動、家庭科室に拍手が起こる。リフィルがくたりと座り込んだ。リーガルがそっと寄ってのぞきこむ。

「・・大丈夫か?」
「ええ、すこし、気が抜けただけだから、」
「そうか。・・・・そうだな、よくはたらいてくれた」
「私、生徒のみんなの役に立てたかしら?」
「もちろんだ」

リーガルが大きくうなずくと、リフィルはふと笑んだ。薔薇色の微笑みだった。

ふわりふわり、あまい匂いを香らせるオーブンはどこか自慢げだった。そうしてやがて、クッキーの焼けたのを告げるのだ、この数週間の努力を称えるように。








レシピ、完成!