笑顔の文化祭 後
am.11:35
無機質な機器をパタンととじる。何度かけても電話はつながらなかった。(ア ー ヴ ィ ン グ ・・・!)
苛立ちながらしばらく待ってみたけど、帰ってくる気配はない。しょうがない、ひとりでぶらぶらしてみるかと廊下に出て気がつく。そういえばとなりは屋台村だった。(あ――たこ焼き、)自然、足は向いて、豪快に富嶽三十六景を模した暖簾を俺はくぐっていた。
教室を囲む数軒の屋台、流れる祭囃子、活気ある話し声。そんな中、やけに人の少ない屋台に目が行った。
「お、なんだ今度は俺が客か」
「ふん、冷やかしならお断りだよ」
そう答えたしいなは、屋台の奥、今度は制服ではなくはっぴを着ていた。立ち上がる香ばしい匂い、右から並んだ文字、「き焼こた」
「いい匂いでないのよ、一箱ちょーだい」
「おあいにく様、悪いけどまだ準備中さ」
「準備中?」
身を乗り出して、事態を把握する。不格好な残骸、哀愁を漂わせる鉄板、即席で作られたらしい、準備中の看板。
「・・・そうかしいな、おまえ、あまりに不器用すぎて、「お黙り!」っわ!おま、危ねえって!」
ひゅ、ひゅ、空を切る手をよけながら、するりと屋台の横を通り抜ける。奥は焦げた匂いがひどかった。
「ほら、貸してみ、」
「へっ?」
「いーから、」
千枚通しを奪って構える。やったことはなかったけれどとなりの不器用よりはできる自信があった。
「っし!いっちょやってみっか!」
pm.00:00
やっと全部終わったと凝った肩をほぐしながら家庭科室に行くと、待っていたコレットが俺を呼んだ。
「ロイド!ごめんね、なんかずいぶん量があったみたいで・・つかれたでしょう?」
「大丈夫だよ、用務員さんも手伝ってくれたし」
「用務員さん?あ、あの赤毛の人。そういえば何度か出入りしてたね、お礼言いそびれちゃったな」
「あー、なんか気がついたら他のクラスの用事頼まれてたみたいなんだよな」
「そっか。あ、ロイドにはシフォンケーキ用意したよ、クリームはちょっとおまけしちゃった。はい、どうぞ」
「わあ、サンキュ、」
差し出されたふんわりとしたケーキ。あわただしい入り口からは離れた奥の席でいただく。甘いシフォンケーキは疲れた身にはやさしかった。
「んー!んまい!」
「ほんと?よかった」
ぱくぱくり、ひとくちふたくちと口に運びながら、なにか忘れているようなと、浮かぶ疑問符。
たっぷり考えて、気づいたときにはぽろりとフォークを落としてしまって、慌てて拾う。
(あああ!昼!ワイルダー!たこ焼き!)
ごそごそ、ポケットから携帯を取り出せば、着信3件、新着Eメール1件。(ししししまった!運ぶのに夢中で気づかなかった!)
差出人:ワイルダー
件名:無題
内容
いまどこ?
(家庭科室、いまからそっちもどる、と・・・)
急いでメールを打ってコレットにケーキの礼を言って、上履きを蹴った。ああもう今日何度目の全力疾走だろう。
(ゼロスとうまく合流できればいいんだけど、)
pm.00:15
交代が来る頃にはしいなのたこ焼き屋も繁盛していて、引継ぎに時間が掛かってしまった。「感謝してるわけじゃないけど、一箱くらいなら、おごってやる」素直じゃないしいなの変化球の礼をありがたく受け取って、そういえばずいぶん経ったなと、携帯を開ける。
メールを見てそそくさととなりの、自分のクラスにもどれば、そこにはどうも姿がなかった。クラスのやつに聞くと、俺がいないと聞いて探しに行ったのだと教えられた。(あーくそ、すれちがい、)
もう一度、電話をかけてみたけれど通じない。しかたなくメールをして、ついたての奥に引っ込んだ。
(・・・ったく、早く来ねえと冷めちまうぞ)
pm.00:17
メール!
振動に気がついて携帯をチェックする。『教室で待ってる。たこ焼きが冷める前にとっとと来い』どこに行ったかわからないとクラスメイトに言われたから探しに出たら、すれちがってしまったらしい。あわててくるり、逆戻り。(・・・ワイルダー、怒ってるかな・・)
2年の廊下まで来てしまった、早くもどらなければとひた走る。と、人の足につまずいてしまった。危ないと反射的に目をつむれば、後ろから肩をつかまれて助け起こされた。
「あ・・ありが・・・・・クラトス?」
「学校では、クラトス先生だと言っただろう」
振り返れば立っていたのは、年の離れたゆいいつの従兄弟。急いでいたのに足が止まってしまった。
「どうしたんだ・・・?そのカッコ、」
「・・・・・コスプレ写真館の生徒に、連れ込まれてな」
深い青色の、剣士のような格好。武器やベルトまで、なんだか妙に作りこまれていた。それにしても、
「なんか、ずいぶん様になってるな・・」
「む、そうか?それほど気に入っているわけではないのだが、お前に誉められると悪い気はせんな」
「・・・この従兄弟バカ」
「っいいかげん私を放置するのはやめろ!」
割り込んできた声にびっくりして横をむけば、水色のひ弱そうな着ぐるみをまとったやたらと耳のでかい奇妙な生き物。顔だけくりぬいてあるのがよけいにシュールだった。
「・・・・・・ユアン先生、なにしてるんですか」
「あああきもちわるいアーヴィング貴様!私の授業中は決して敬語など使わんくせに!いま思っただろうきもちわるいと思っただろうちょっとはおもっただろう!」
「いやちょっとっていうか、すげーおもったけど」
「っ・・!仕方ないだろう、生徒に無理やり着せられたのだ!」
「はあ、・・・クラトスも大変だな」
「うむ」
「憐れむな!」
ぎゃあぎゃあ言うのを無視して、クラトスに向き直る。
「助けてくれてありがとな!俺、急いでるからもう行くな、」
「人が多いのだから気をつけろよ」
「おう、わかってる!」
pm.00:25
待ちきれず教室の入り口のあたりで張っていれば、さっきのガキが通りがかった。アーヴィングの所在を知らないかと思って声をかける。連れのいたそいつはちょっと嫌そうな顔をしたけれど、素直にこっちに来る。聞けば、二年生の廊下で見かけたという返事。短くどうもと答えて、俺は教室に背を向けた。
(ったく、なに油売ってんだ!)
人混みを避け、店の少ない西階段を行く。一階分駆け上がって二年の廊下を一周したけれど、どこにも姿はなかった。苛立って、廊下の隅、また電話をかけた。数度呼び出して、ようやく通じる。
「っおい、今どこだ!」
『だれだ?』
「・・・・・は?」
『落とし主の知り合いか?』
「おとしぬし、って、まさか、」
『携帯が落ちていたので拾ったんだが、持ち主がわからず難儀していてな』
電波の向こうに聞こえるのは低い男の声。歯軋りしそうになった。今どこですかえ3C前ですねわかりましたすぐ行きます!半ば叫んで携帯を切る。
ああ、逆戻り!
3C前で待っていた眼鏡の男にぞんざいな礼を言って、もう一度、教室までもどる。(次、いなかったら、まじでぶっとばしもんだ、ぞ・・・!)
乱れる息をおさえながら、A組までもどれば、そこには、
「・・・っアーヴィン、グっ!」
捜し求めた姿をようやくみつけて、疲れがどっと押し寄せる。アーヴィングが俺に走り寄った。
「っワイルダー!会いたかった!」
「・・・え、」
そう言って、飛びついてきたアーヴィングにどきりとする。(え、えええなにおまえ、そんなに俺に会いたかった、わけ・・・!)
けれどその目の向いていたのは、悲しい哉、俺ではなかった。手元の薄いパック、だいぶ冷えてしまったそれを、うれしそうに手にしたアーヴィングが俺にわらう。
「も、すっげー腹減っちゃってさあ!途中でケーキ1コ食べたんだけど、走ってばっかりだったから足りなくて、」
「おま、え、ね・・誰のせいで、こんな、すれちがったと・・」
「っわー!うまそうだな!いただきます!」
「ちょ!ここ、廊下!」
「はっへおなはへっはんはもん、」
何を言っているのかまったくわからない!大体人を散々弄んでおいてなんだおまえ!苛々と、顔を上げる、けれど、
「んんん、んまい!」
目の前の満面の笑み、喉元で止まる文句。(そんな、顔は、ずるい、ぞ・・・!)
はへるは?謎のハ行言語とともに差し出されたたこ焼き、悔しいけど腹は減っていたから食べた。喉まで来ていた不満だとか文句だとかも、いっしょに飲み込んで。(たこ焼きって、冷めてもこんなにうまいもんだったっけ?)
お腹いっぱい食べて満足したのか、空の容器をつぶしてアーヴィングがニカとわらう。
「さ!どっからまわる?」
(・・・・・バァカ、俺はどっからだっていーんだよ)
お前がいれば、なんて、くさい台詞はあえていわない
(ちょっとおもっただけだ、ほんのちょっと!)