しあわせの後夜祭
響きわたる、祭の華やか、人々の活気、陽気な歌声。
グラウンドの中央に配された巨大なキャンプファイアがほのめいて、ぼんやりとあたたかく、あたりを照らす。
そんな中ただひとりの顔は、暗い疲れに満ち満ちていた。うしろから肩をたたいた同僚が微笑みかける。男はうっすらと眉を下ろしただけだった。
「アステル、か、」
「リヒター、今日はずいぶんバタバタしてたみたいだね?」
「・・・ああ、大変、だった」
「廊下を走っているの、何度も見たよ、おつかれさま」
「そう、だな・・・・走った、果てしなく、走った・・・・」
眼鏡の奥には、疲労と悲しみと憤懣のひとみ。リヒターはゆっくりと天を仰いだ。
「朝、今日は雑用を頼まれないようにと人の少ない廊下を選んでいたら、食材の運搬を頼まれて山のような荷物を運ばされ、やっと終わったと思ったらダンス部の舞台設営を手伝わされ、何か食おうと思ったら廊下で携帯を拾って人が取りに来るのを待っていたせいで食堂のメニューは売り切れ、呆然としていたら午後からの体育館の発表を手伝えとそっちに回されて、気がついたときにはここにいた、なんて素敵な一日だ」
数々の受難にアステルはさすがにたじろいだ。それから思い直して、その肩をそっとたたく。
「リヒター、ね、みて」
「・・・・なにを?」
「まわりの人だよ、ほら、みてごらん」
リヒターは気だるげに、顔を上げた。
* * * * *
「ぷっ・・ぷぷ、ぷれしぇあ、今日は、ほんとに、時の止まった、木こりの少女の役、じょうずだった、よ・・・!ね、ミトス?」
「うん、すごくリアルだったよね。お芝居も脚本が壮大ですごかったね」
「・・ありがとうございます、A組の迷路も、すてきでした」
「あっ!う、うん、だってミトスが、装飾、すごく、がんばってくれたから!」
「ジーニアスだって一生懸命やってたじゃないか」
「ふふ。あ、そういえば、途中に立っていたネコの着ぐるみが可愛かったのですが、あれはなんと言うんですか?」
「ピンク・・・・?ああ、ねこにんかなあ、女子がデザインしたんだ」
「・・・・・肉球に、さわってみたかったです」
「!あ、あああの、よかったら今度、持ってこよう、か・・・?」
「いいんですか?」
「う、っうんうん、もちろん!」
「うれしいです、ぜひ」
「(っ、わらって、くれた・・・・!)」
* * * * *
「今年は楽しかったなー!」
「そうだね、化学部の実験も成功したし」
「まあ当然だ、俺の後輩だからな」
「先輩、ずいぶん怖がられてたけどね」
「うるさい!」
「はは、・・・来年はアイーシャもいっしょに来られるといいな」
「残念だったな、大学の試験だっけ」
「うん、嘆いてた。お土産でも持ってけば機嫌直すだろうけど」
「リフィル先生のクッキーでもと言いたいところだが、意外と美味くてネタにはならなかったな」
「ね」
* * * * *
「っ、ぃたっ、」
「あっ!ごごごごめんアリスちゃん!」
「もう!何回踏んでるのよこのバカ!3k!運動音痴!」
「ごめんね、ダンスなんて全然やったことなくて、」
「そもそもリズム感がなさすぎるのよ、このアリスちゃんがいっしょに踊ってあげてるんだから、リードくらいもうちょっとましにしてみせなさいよね!」
「うううごめんよぅ・・・!あ、うわ、わわっ、と・・!あ、すいません、」
「うしろにも気をつけなさい!ったくしょうがないわね、もう」
「アリスちゃ、え?アリスちゃん?」
「・・・・今日だけ、特別」
「へ、あ!あ・・・ありが、とう、ごめん、俺がリードしなきゃいけないのに、」
「・・・・・・ふん、次はもうちょっと上手くなってなさいよ」
* * * * *
「しいな!おつかれさまっ」
「あ、コレット、・・・おつかれ」
「たこ焼き屋さん任せちゃってごめんね、手伝いに行きたかったんだけど家庭科部で手いっぱいだったの、」
「いいんだよ、なんとかなったから」
「?しいな、なんだかうれしそうだね、なにかいいことでもあった?」
「っぅえええ?べ、べつに、なんでもないよっあんなやつ!」
「あんなやつ?」
「っ・・・・!」
* * * * *
「ほんとうに、いままでありがとう、リーガル」
「いや、こちらこそ礼を言わなくてはな」
「私に?」
「ああ、今日はあなたのおかげで助かった」
「・・・なんだかくすぐったいわね」
「今でこそ言えることだが、私はあなたという生徒を受け持って本当によかったとおもっているのだ」
「どうして?」
「怒らない、悲しみに目をつむる、信じて生徒を待つ、教師として素晴らしい教訓を得たこと、感謝している」
「(・・・・なんなのその避難訓練のような教訓は)」
* * * * *
「けっきょく今日は一日こいつと過ごしてしまった・・・!」
「・・・それはこちらの台詞だな」
「あああもうなんで私がこんな、腹の立つ従兄弟バカの苛立たしい男なんかと!」
「腹の立つと苛立たしいは重複しているのではないか?国語教師ならばその辺もうすこし気を遣ったらどうだ」
「うるさい!」
「まったくいつまで経っても子どものようなやつだな、ああほら、保護者が迎えに来たぞ」
「保護者?・・・っ!マーテル!・・っマーァーテールー!」
「忙しいやつだな」
* * * * *
「アーヴィング、話が、」
「うん?なんだ?っていうかいいかげんアーヴィングってやめろよ、堅苦しいだろ」
「っえ!!!(えええいままさにその話をしようとしてたんですけどなんですかおまえエスパーですかエスパーなんですか!)」
「ワイルダー?あ、んと、ゼロス?」
「ッゼ、ロ・・・!(な、ん、だ、この破壊力・・・・!)」
「で、話ってなんなんだ?」
「・・・・な、なんでもないです、ろ、ろろろ、ろい、・・・ロイド」
「?そうか?」
「おっ、おう!(キャンプファイアなにがんばってんだ!もっと暗くないと顔の赤いのがばれるだろうが!)」
* * * * *
「ねえ、リヒター、まだ気分は重い?」
リヒターは返事をしない。アステルは微笑んだ。
「きっとさ、みんなの笑顔があるのは、今日一日リヒターが頑張ったせいだとおもうんだよ」
「・・・そんなこと、」
「あるよ!だって方々を手伝ったんだろ?リヒターのおかげで助かったひとが、いっぱい、いっぱいいるんだよ」
「・・・・・そう、だろうか?」
「うんうん!だからほら、そんな暗い顔、やめよう?」
「・・・まったく、お前には敵わんな」
ようやく浮かんだ微笑、アステルは目を細めた。
苦労を積み重ねたあとの、笑顔の一日、しあわせの一日
微笑みの、笑い声の響く、あたたかさの響き合う、特別の一日
(きみと響き合う文化祭、閉幕)