堕ちる











どうしよう俺今ロイドくんにちゅうしそうだった・・・・!!


部屋のすみで体育座りして自問自答。驚き、逃避、消沈、悲しみ、と、4つの段階を踏んで、俺は眠りつづけるロイドくんを振り返った。


ベッドのロイドくんとは2mも離れてるのに、俺の目には変なフィルターがかかっていて、自動的にロイドくんをズームアップしてしまう。白くて柔らかそうな肌だとか、(あー、触りてぇ!)安らかに閉じられた瞳を縁取る長い睫毛だとか、(女子かお前は!)妙に艶かしい唇だとか、(・・・俺、頭どうかしちゃってんのかな・・)まじで反則だとおもう。


ばくばくする心臓を左手で押さえて、魔法の呪文を心に刻む。「俺は女たらし俺は女たらし・・・!」


やっと落ち着いた。そっと、部屋を出て扉を閉めれば、足から力が抜けてずるずるとその場に座り込んでしまった。廊下にいたメイドがちらりとこっちを見た。誤魔化すように愛想笑いをして、ため息。


やばい。まじ、やばい。


自他ともに認める女好きで、犯罪にならない年齢の女性なら誰にでも惚れることができるという確信があった。自慢じゃないが5歳の女の子にも80歳のご婦人にも愛を囁ける自信があった。


そんな俺が、まさか


(・・・・・男相手に勃ちそうになってるとか、まじ、ねぇ・・!)







とにかく混乱を治めようと、ホテルを出てアルタミラの夜に繰り出した。潮風が冷たくて少しばかり頭が冷えた。


魔法の呪文をぶつぶつ呟きながら、花街の方に足を向ける。こういうときはやっぱり女だと思って、道を歩きながら周りの女性を物色する。観光地の華やかなレディーやマダムに片目をつぶったり手を振ったりしながら、結局女を口説く気になれなくて、とうとう酒場に行き着いてしまった。


しかたねぇ、ひとりで飲むかと思って、ガラの悪い連中を通り抜けてカウンターでてきとうな酒を頼む。馴染みの店主は寡黙で、俺の注文を聞いて軽くうなずいた。


楽士の音楽とバカ笑いの中、ひとりで頬杖をついてぼんやりとワインのボトルが並べられた棚をみていた。


不意に、そのうちの1つのボトルに目が行く。


ロイドワイン



酒場に来たのは間違いだった。おい神様そんなに俺が嫌いか。(俺だってアンタなんか信じちゃいねぇが)


酒の匂いに当てられて、忘れていた寝顔が蘇ってくる。健やかな寝息、微かに開いた唇、肌蹴た寝巻き。記憶の中のそれはやけにリアルで、それはつまり自分がそれだけロイドくんを意識してたってことで、俺はさらにへこんだ。




そのとき、背後が急にざわめいた。気性の荒い連中の巣窟だ、どうせくだらねえ喧嘩だろうと思ってなんとはなしに振り返れば、騒ぎの中心に見慣れた顔を見出してぎょっとする。


体重も身長も自分の2倍はありそうな大男に、ロイドくんは絡まれていた。周りでは男の仲間らしいやつらが下卑た笑いを浮かべている。男は相当酔っ払っていて、赤ら顔をロイドくんに近づけて大声でほざいていた。


「だから、一晩いくらだっつってんだよ!」
「っ・・・俺、そういうんじゃねえよ。人を探してるんだってば」
「ああ?今夜の相手だろ?だったら俺が買ってやるっつってんだよ」


くそ、下種が。ポケットから小銭をありったけ取り出してカウンターの上に置いた。酒を飲む前に席を立つことの詫びと、これから起こることの迷惑料。視線で店主に謝って、ざわめきの中心にサッと近づく。


人の足を蹴るのもおかまいなしにズカズカ歩いて、男をじっと睨みつけるロイドくんの白い尻尾をぐいとつかんだ。力のままに引き寄せる。後ろから急に身体のバランスを崩されて、ロイドくんは簡単に俺の腕の中に収まった。


びっくりした顔が俺を振り返るのも気にせず、男を睨んだ。


「悪ィな、俺が先約なんだ」
「あぁ?」


青筋の浮いた男の顔に反吐が出る。こういう筋肉バカは短絡思考でうぜぇ。


案の定男は切れて殴りかかってきた。酔ったバカの拳なんざまったく怖いもんじゃなくて、ロイドくんを抱えたまま軽々交わして、鳩尾を思い切り蹴り上げる。身体のでかい男は周りのテーブルを巻き添えにして派手に吹っ飛び、仰向けにひっくり返った。そこかしこでボトルやグラスの割れる不快な音が響いた。ついでにバキ、と嫌な音がしたから、骨の1本2本はいっちまったかもしれねぇと思った。そんなことどうでもよかった。


ぴくぴく震えたきり動かなくなった男を見下して言葉を吐き出す。


「汚ねぇ息吹きかけてんじゃねえよ、俺のロイドが汚れちまうだろうが」



ひとつ騒動が起きれば、こんな酒場ではなしくずしに喧嘩が起きる。か弱い肩を抱き寄せて、今にも乱闘の起きそうな雰囲気の酒場を飛び出した。






さっきの男の仲間にでもついて来られたら面倒だから、ロイドくんを連れて走って、やっとホテルの通りまで戻ってきた。ここまで来たら大丈夫だと、人気のないベンチに座り込んで、両手で顔を支えて乱れた息を整える。前のめりの身体を起こしてとなりのロイドくんを見れば、ぽかんとした顔でこっちを見ていた。何気ないその表情に苛立って、強い口調で聞いた。


「・・っ・・・なんで、あんなとこに、来たんだよ・・!」


見つめればロイドくんは視線を泳がせるから、ぐいと頭をつかんで目を逸らせないようにしてやった。行き場をなくした目が不安げに俺を見た。少し荒い息が漏れる口が、やっと開かれる。


「ゼロスを、探してた」
「・・俺さま?」
「目、覚ましたら、部屋にいなかったから、街の人に聞いて、後、つけたんだ」
「なんでそんなこと、」


問いかければ真摯な瞳に見つめられて、少したじろいだ。ロイドくんは目を伏せてぼそりと言う。


「・・・・ゼロスが、心配だったんだよ」
「はぁ?・・俺が花街に行くのはいつものことでしょうが」
「わかってる。俺だってゼロスが普通に女の子と一緒なら帰ってくるつもりだった。けど、ひとりで行ったって聞いたから」
「・・・え?」


おどろいて目を見開くと、真面目な双眸に俺が映っていた。


「知ってるんだぜ、俺。ゼロスがひとりで酒場に行く時は、いつも元気ない時だって」


言葉に、詰まった。ロイドくんの言ったことは正しかった。メルトキオにいた頃、教皇の刺客のせいで死にかけたとき、久々に妹に会ったとき、仲間を裏切っているとたまに自覚したとき。いつも、ひとりで酒場に行っていた。


でもそんなことに気づかれていると思ってもみなかった。


そんな、そんなことを、まっすぐ見つめられて言われて、自分のことをいつも見ていたみたいな、気に掛けていたみたいな、まるでとても愛されていたような、そんな、


(そんなこと言われちまったらもう堕ちるしかないじゃねぇか)


ロイドくんの顔に添えた手をそっと離す。肩を落として、先に帰るように言った。ロイドくんは心配げにすこしの間俺を見ていたが、潮風に震えて部屋に戻った。


ああ、やべぇ。



・・・・勃った。









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