純情いちごミルク
(※現代学園パロです)
春は屋上、夏は裏庭、冬は温室。
そして秋は、音楽倉庫。
少々ホコリくさいが適度な室温で日当たりがいい小さな部屋。快適なサボり場所に、そいつは突然現れた。この部屋で人を見たことがなかったから俺は一瞬、それが人だと気づけなかった。
重い扉をそっと閉めて、眠るそいつを起こさないよう、忍び足。マリンバの間をすり抜けて淡く光の差し込む窓辺に近づいた。
窓辺でひっそり眠る横顔は無防備で、たまに行く教室で見る顔よりすこしだけ幼かった。クラスでいつも騒いでいる印象しかなかったから、よけいに。
寝顔は存外かわいらしく、もうすこし鑑賞していてもそれはそれでよかったが、快適なサボりスポットを盗られてしまっては困るから、小声でささやく。
「・・・おい、俺さまの出席番号3つ前のおまえ、」
起きる気配はない。2つ前だったか?俺が立ち尽くしていると、ふいに、うっすらと瞳は開かれた。身じろぎ。やっぱり3つ前で合ってたらしい。
閉じられていた柔らかそうな唇がもごもごと動いた。
「ん・・あ?・・・ゼロ、ス?」
寝ぼけ眼に俺の顔が映るのが見えた。眠気覚ましにと軽くでこぴんを食らわしてやる。小さくうめいてそいつはこっちをにらんだ。
「・・・・・いでぇ」
「悪いね、ここ、俺の場所なんだけど」
「、あー?」
ぐらり、ゆっくりと身体を動かして、大きく背伸び。目が覚めたそいつはこっちを見るとニカ、と笑った。
「いいとこだな、日当たりもいいし」
「え?・・ああ、まあな」
「なぁ、お前、いつからここでサボってんの?」
「・・・お前には関係ないだろ」
窓辺にだるそうに乗せた足をひょいと下ろしてそいつは目を細めた。
「センセーにこっそり教えちゃってもいいんだぜー?」
ちらり、睨んだがそいつは無邪気なくせに毒のある顔で笑った。
――――ああこいつには敵いそうにねえ、そう思ったとき足元で古びたトライアングルが虚しく鳴った。
ロイドと言うのだそうだ、次の日から押しかけ女房さながら音楽倉庫の住人になったそいつは。
名前すら知らなかったが、まさかこんなに常習犯だとは思っていなかった。他のサボり場所でも見かけたことがなかったし、クラスでは先生受けがよかったから、いいコちゃんなのだとばかり思っていた。
「・・つうか、俺さまが言えた義理じゃねえが、お前そんなサボってて単位とか平気なわけ、」
例によって、今日も窓辺で足をぶらつかせて暇そうにしていたロイドくん。倉庫の扉を閉めてから小声で聞いた。ロイドくんは笑った。ああ、たぶんどうでもいいんだな。もはや笑顔ひとつで通じてしまう俺。(・・・らしくねぇ)
楽器を避けながら奥まで行って、よっこらせと打楽器の前のイスに腰かける。今日は2時間も授業に出た俺、なんて立派。自分を褒め称えながらいちごミルクの可愛らしいパックにストローを突き刺した。
だらん、だらしなく伸びた手が主張した。ひとくちじゅうえんね、そう言って渡したのにロイドくんは払ってくれなかった。返ってきたパックは大分減っていた。ため息。
「なに、そんな長いことここにいんの?何でそんな気に入っちゃったのよ、」
「んー・・?」
大きくあくびしてから、ロイドくんはやっとこっちを見た。目にはいたずらっ子の光。ナイショ話の声音で言う。
「だれにも言わない?」
「・・言う相手がいないでしょうよ」
聞かなきゃよかったと、後悔したのは数秒後。
ここは化学実験室が見えるから、と、ロイドくんが答えた後。
化学が好きなのかとぼんやり問えば、バッカちがうって、教師の方だよ、と、いつになく明るい声で言われた。え、あの50才の禿げが、と問えば、わかんないやつだな、クラトスに決まっているだろと、ロイドくんは口をとがらせた。
クラトスと言えば、校内で絶大な人気を誇る新任の教師のことだった。喋ったこともないが、なんとなく馬の合わないやつだろうなとぼんやり思っていた。(そうかロイドくんはあんなのがいいのか。そういえば化学と体育の時間だけ決まって出席していたっけ、)
ふうんと、気のない返事をしたけれど、なんだかやけにおちつかなかった。いちごミルクに口をつけたけれどそういえばこれさっきロイドくんが飲んだんだっけと思い返してなんとなく飲みづらい。なにを動揺しているんだろう、俺はいったい。
手持ち無沙汰ないちごミルクも感情も、いっそ今すぐ消えてしまえばいいのに。
廊下で、楽しそうに話すロイドくんと化学教師を見たのは、数日後のことだった。冷える日で、たまたま図書室に逃げ込んでいたら窓の外にふたりがいた。
ロイドくんが教科書を広げて、なにやら話し込んでいた。このクソ寒い中、渡り廊下なんかでよく長居できるな。そんなことを思ったけれど、ふたりは横を通りすぎていく生徒たちとはどこか別世界にいて、凍りつくような気温も気にしていないようだった。なんだ、ふつうに、
「・・仲、いんじゃねぇか」
つぶやいた言葉はやけに空虚だった。
次の日、いつものように窓辺に陣取ったロイドくんは、珍しく本を読んでいた。近づいてよくよく見れば化学の教科書だった。
「なに、おべんきょ?」
「んー、来週、元素記号のテストだから」
「・・・熱心だねえ」
ま、クラトスの教科だからな!ロイドくんはえへんと胸を張った。いつものイスに座りながら俺は呆れた。
「そんな、好きなわけ」
「当然」
自信満々の声。本格的に寒くなりはじめて、ようやく発売されたホットのいちごミルクを両手であちちと抱えていたのに、身体のどこかが冷え切っていた。
再び教科書に目を落としたロイドくんの姿がなんだかやけに苛ついて、俺はぽつりと、言ってしまった。
「いっそのこと、告っちゃえば」
ロイドくんはおどろいたように顔を上げた。その表情が見たくなくて、俺は必死に熱々のパックと格闘しているふりをした。(つか、まじでストロー取れねぇ)
「・・・クラトスが、いいって言うか、わかんないじゃんか」
「(廊下であんだけいちゃついといて何を今さら、)べつに、大丈夫じゃねぇの」
「・・・・・ほんとにそう思う?」
「あーはいはい、思う思う、さっさと告白でもなんでもして、実験室に入り浸っちまえよ。この狭い倉庫に男2人なんて、虚しすぎるだろうが」
ほとんど自棄だった。それでもロイドくんは俺の言葉を真剣に聞いていた。そうしてしばらくして、のそりと立ち上がった。
サンキュとひとことだけ告げて、ロイドくんは出て行った。何に対しての礼なのかはわからなかった。
かびくさいカーテンをシャッと閉めた。いつもそこに座っていたロイドくんはもういない。ひとり残された音楽倉庫はやけに寒い気がした。(・・・そろそろ温室に移る季節かもしれねぇな)
やっとのことでストローをビニールから取り出して、ひとくち飲んだ。すっかりぬるくなっていた。やけに甘ったるい味がした。塩が微量入っているのか、すこし、しょっぱい。
ああちがった、しょっぱいのは涙だった。
そうか俺はロイドくんが好きだったのか
もどる