テーブルでリフィル先生に出された宿題をにらむロイド、ベッドに寝転んでそれを見る俺、いたたまれない沈黙。
今までずっと俺が避けていたから、ロイドと同じ部屋になることは1度もなかった。なのにあの迷惑なガキが熱を出したとかで1人部屋に隔離され、リーガルは病人食を作ると言ってその隣の一人部屋に陣取り、結果、こんなことになっている。
正直ロイドという男は苦手だった。
熱血漢で、世の中の汚いことはなんにも知りませんって顔して、へらへら笑って、俺が最も嫌いなタイプ。
会話なんて発生するわけもなくて、さっきからロイドの鉛筆がノートをなぞる音ばかり響いている。あー、も、無理かも。(どうしよう俺やっぱり今日てきとうに女の子のとこでも行こうかな・・・)
そんなこと考えていると、ロイドが不意に、俺を呼んだ。目だけ返すと手でおいでおいでとされる。めんどくせえなあと思いながら小さな丸テーブルまで行くと、数学(というよりは算数・・・・)がわからないのだという。ホントめんどくせえなあと思いながら、鉛筆を取って掛け算の式を羅列。おまえ掛け算もわかんないわけと聞くと、9の段は数字が大きくて難しいんだよと胸を張られた。嘆息。説明するのも嫌だから、他の問題も勝手にやってしまおう。
サラサラと手を動かしていると、ふと視線を感じた。
「・・・なによ、」
「え?あ、あー、えっ、と、」
「うぜえな、はっきりしろよ」
問い詰めるとロイドは目線を俺の手元に漂わせながら、ぼそりと、言う。
「・・・・・・キレイだ」
「はァ?」
「き、キレイだ、な、とおも、って」
わずかな間思考が停止した。それから、イスごと身を引く。
「ロイド、おまえさ、」
「うん?」
「俺さまのことそんな目で見てたわけ。やめてよいくら俺さまが眉目秀麗だからと言ってそれは世の中のハニーたちのための美しさだから。っていうかちょうきもいんだけど」
「ばっ・・!ち、ちがっ!そうゆんじゃなくて、キレイな手だと思ったって、話だよ!」
「手ェ?」
鉛筆を握る手を閉じて開いて、ひっくり返してひっくり返して眺める。骨ばった男の手。どこがきれいなんだか。大体手がきれいだなんて、男に向かって言う台詞じゃない。
それでもロイドは言う。ひどく真面目な顔をして。
「ゼロスの手は、キレイなんだぜ!俺の手は、小さい頃から親父の手伝いしたりしてたせいで、いっつも傷ばっかで、キレイなんかじゃないけど、でもっ、ゼロスの手はすっげーキレイなんだぜ!色だって白いし、絹みたいに、えっと、なんていうの?こう、高級な感じがするんだよな。仕草だってなんかキレイだし、指だって長いし、ほんとに、」
ほんとにキレイなんだよ。吐息と一緒に、紡ぐような声。
俺はしばらく黙っていた。ロイドは、変なこと言ってごめんとつぶやいた。その右手を、ス、と、取る。硬い手だった。指をなぞると、ところどころ豆が潰れていた。時間があればいつも、1人で剣の稽古をしているからだろうと思った。たしかに、自覚はなかったけど俺の手は綺麗なのかもしれない。だけど、
「・・・そんなこと、ふつー、気づくか」
尋ねるでもなく吐き出すと、ロイドは笑う。
「手だけじゃないぜ、ゼロスはたくさん、キレイなんだ。髪も、笑顔も、仕草も、たくさん、たくさん」
「お前、はさ、」
「ん?」
「どうしてそんなことが、ゆえるわけ、」
「・・え、」
大きな目が瞬く。その表情に俺は憤りを覚える。(やばい、言っちまいそうな気が、する)今まで、言わずにいたこと。
ロイドの手に触れた俺の左手に、わずかに力がこもる。ロイドは困惑した顔をした。俺はとうとう抑えきれずに、責めるように言ってしまった。
「綺麗とかそんな、そんなこと、どうして簡単に言えるんだよ。戦争とか策略とか世辞とか、世界は汚いものばっかじゃねえか、お前はそれすら綺麗だって言い張るのかよ、目がおかしいんじゃねえの!」
ぴくりと、肩が震えたのがわかった。俺はもう言葉を止める術を見つけられない。手を握る力はもう握力限界。
「だいたい、人のことほいほい信じてへらへら笑って、もし裏切られたらどうすんだよ、人を信じる理由がどこにあるんだよ、気に喰わねえんだよ、
俺は、お前が―――」
―――大嫌いだ
いつだってそう思っていたのに、それなのに、俺は一瞬、躊躇した。(馬鹿馬鹿しい、ここまで言ってもまだ俺を厭わないとでも期待してるのか)
ロイドは静かに、口を開いた。
「人を信じない理由が、どこにあるんだ」
「・・・・・は、」
「お前は人を信じる理由を聞いたけど、じゃあ俺も聞くよ。お前はどうして他人を信用しないんだ」
「そ、れは、」
「キレイだと思うからキレイだって言っちゃ悪いのか?誰かを信じることは悪いことなのか?裏切られたときのことなんて考えてて楽しいか?」
静かな、けれど確かな迫力。俺は戦慄した。ロイドは一息ついてから言う。
「俺は、もし明日裏切られるとしても、目に入るものすべて、信じたいよ。その中には、ゼロスもちゃんといるんだよ」
気がつくと俺は泣いていた。馬鹿みたいに涙をあふれさせて。
ロイドは黙って俺の手を握っていた。ロイドがキレイだと言った俺の手を。
明確な体温を感じながら俺は震えた。
(・・・本当に綺麗なのは、お前だろうが)
ほんとうはずっとその言葉をさがしていたんだ
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