浮かない顔に、ああやっぱり今日も喧嘩をしたままなのかしらと心配になる。

だまっているとお兄さまはどうしたとわたしの顔をのぞきこんだ。(それはわたしの台詞ですよ、お兄さま)なんでもありませんとお返事して、うすく微笑む。お兄さまは心ここにあらずといった風情でうなずいた。


"ロイド"という名前が会話に頻繁に上るようになったのは、たしか秋のはじめ頃だった。最初はお兄さまを盗られてしまったみたいで拗ねるきもちもあったけれど、そのうち、名前だけでお兄さまを笑顔にするようなお友だちができたのが純粋にうれしくなった。

幾度か喧嘩をした日もあれど、たいてい、お兄さまの口からこぼれるのはロイドというひとのおかしな言い間違いだとか、その日のお弁当のおかずだとか、平和なものだった。

それが、いつからだろうか、お兄さまはめっきり彼の名前を話題に出さなくなってしまわれた。そして日に日に疲れがたまってらっしゃるのは目に見えてわかって、わたしはこのごろ心配で気が気ではない。

ハァ、と、静まった病室に響いた吐息。顔を上げるとお兄さまはハッと気がついたように、

「わりいな、・・・・ちょっと、疲れてたから」
「いえ。・・・その、お兄さま、大丈夫ですか?疲れているのなら、無理をして病院までいらっしゃらなくても、」
「何言ってんだよ、無理なんかしてねえよ」

そうして貼り付けた笑顔でお兄さまはまた無理をする。わたしがため息をつきたかった。

(ああ、会ったことも話したこともないけれど、"ロイド"さんお願いです、お兄さまはあなたがいないともう元にはもどれないのです、だからどうか―――)

祈りをこめて両手をそっと握り締める。お兄さまはあいかわらずぼんやりとしていた。



そして次の日、お兄さまは病院に来なかった。

トクナガに聞けば、学校の用事で来られないのだということだった。お気を落とされないでくださいセレスさま、明日はきっと来てくださいますよ、トクナガは言うけれど、わたしはしばらくお兄さまが来なければいいとおもった。お兄さまが嫌いになったわけではない。確信はないけれど、"ロイド"さんとなにかあったのだと、妹の勘が告げている。奢っているつもりもないけれど、あれほど妹思いのお兄さまがわたし以上に優先することなんて、あのひとくらいしかおもいつかなかったのだ。

(・・・・うまく仲直りできたのなら、いいけれど、)


土曜、日曜は来るときと来ないときがあったけれど、その週末、お兄さまは姿を見せなかった。

久々にいらっしゃったのは、翌週、月曜日のことだった。

病室のドアを開けるなり、セレス!常ならず明るい声に、わたしは口元をゆるませた。読んでいた本から顔を上げると、そこには久しぶりのお兄さまと、そのうしろ、見知らぬ男の人。鳶色のひとみに、ああと気がついた。(よかった、わたしのお願い、聞いてくださったのですね、)

そうしてわたしは微笑んで挨拶するのだ。

「はじめまして、"ロイド"さん」





(元気をもどしてくれたのにはお礼を言いますが、お兄さまはそうかんたんにはあげませんよ、わたしはこう見えてもブラコンなのですから、ふふふ)