ぽかぽかの午後の日に








「複雑だったりしねえの、実際」


いきなり聞かれて、俺はぽかんと口を開けた。(あっ!ちょ、紅茶こぼれたじゃんゼロスのばーかばーか今度おまえんちの一番高い茶葉よこせよな!)


口元を慌てて拭いてから顔を上げる。ゼロスは何食わぬ顔でさっきと同じようにクッキーをつまんでいた。質問の意味が本当にわからなくて、なにがと問うと、パキ、とクッキーを噛み砕いてからゼロスはいう。


「前から思ってたけどさァ、親子じゃん、おまえら。ちゅうしたりセックスしたりしてて、内心複雑じゃねえの?」
「せっ・・!・・・っい、いきなりなに言ってんだよ、ばばば、バカ!」


マグをテーブルに置いて、どもりながら言い返す。(おっまえとつぜん家にやって来たのを広い心で迎え入れてやったんだから、もうちょっとましなこと話せよ!)


「えー、だって気になるじゃん。俺さまロイドくんのこと大好きだったのに、父親に取られちゃったしさァ」
「う・・・」


口ごもる。


事実だった。ゼロスには旅の間に告白されたことがあったけれど、それでも俺はあいつのために断ったのだ。


今はもう割り切ったと言っていたけど、そのことを口に出されるとさすがに良心が痛む。友だちに対して筋を通すなら答える義務があると思って、しかたないから、返事をする。


「俺は、父親としてあいつのこと尊敬してるし、ひとりの人間としてあいつのことが好きだよ」
「親でも?」
「・・・多分、それはあいつの方が何倍も何十倍も悩んだんだと思う。真面目なやつだから。・・・そんなやつがさ、何度も何度も悩んで、それでも俺を選んだんだったら、俺はそれに答えなきゃいけないと思うんだ。あいつを突き放すことなんて、俺にはできないよ」
「なんだかそれじゃ、しかたなく付き合ってるみたいじゃない、」
「ちっがうっつの!それも理由のひとつだけど・・・その・・せ、世界再生の旅のころから、ずっと、ずっと好きで、いつだって追いかけてた。・・・・・笑顔なんてさ、見るたびに、俺、こんな人の子どもでよかったって思いながら、同時にさ、その気持ちも超えるくらい、あーやっぱ、すっげー好きだなぁって、思っちゃうんだよ」


ふーん、とゼロスは興味なさそうに相槌を打った。俺はむっとした。


「なんだよつまんなさそうに、おまえが聞いたから言ったんじゃん」
「べっつに。惚気話ごちそうさま」
「っ!の、のっ、のろけてなんかっ!」
「あーもう俺さまロイドくんの惚気でお腹いっぱーい」
「ちっがっ・・!」


ガタリ、ゼロスがイスから立ち上がったのと同時に、キィと背後で音がした。ばっと振り返ると、買い物袋片手に、件の父親が立っていた。


「あ、クラトス、おかえり」
「・・・ああ」


短い返事。あれ、と思っていると、ゼロスがもう帰ると言うから、俺は慌ててそれを見送る。


庭先までゼロスを送ってから家にもどると、クラトスはキッチンで料理をしているところだった。とたとたと近づいて、後ろからエプロンの端をきゅっとひっぱる。


「クラトス?・・・なんか、機嫌、悪い?」
「・・・・・別に」
「うそつき、悪くなかったらもっと喋るだろ」


手にしていた包丁を置いて、クラトスはようやく振り返った。それから、決まり悪そうに言う。


「・・・笑わないと約束するか」
「へ?」
「笑わないかと聞いているのだ」
「え、っと・・う、ん。なに?」


見つめるとクラトスはふいと視線をそらして、そうして、


「嫉妬した」


ぽつりというから、最初なんと言ったのかわからなかった。それでもようやく理解して、俺は吹き出した。クラトスが珍しく頬を染めて、


「わ、笑わぬと、約束しただろう!」
「っご、ごめ・・・っ、ははっ・・」


クラトスが必死に俺のほっぺたをぐにぐにするけれど、俺はそれでも笑ってしまう。堅物の父親がこんなことを言うのは本当に稀で、なんだか可愛かったのだ。


俺がなんとか笑い終えると、ぶすっとしたクラトスが自棄のように言う。


「帰ってみれば私のいぬ間にいきなり神子が来ているし、お前は妙に顔が赤いし、神子は昔お前に気があったというし、・・・・・嫉妬しても、しかたないだろう」


うつむくクラトスの頬を軽くたたく。ようやくクラトスは俺をみた。俺は笑う。


「・・・ばか、俺がさっき照れてたのはおまえの話をしていたからだよ」
「私の?」
「俺が、どれだけクラトスを大切におもってるか、話してやったの」


すこしの間目を見開いて、それから、ふと、まなじりをやわらげて、クラトスは微笑む。(・・・そうなんだよこの顔なんだよ、この顔に俺は弱いんだよ。父親でもなんでも、たまらなくすきだって、おもっちゃうんだよ)そうして俺を引き寄せて、ふわりと背中に腕を回した。あったかい腕の中はとても心地がよかった。




束の間そうしてから、クラトスは身体を離した。見上げるとやさしく言う。


「今日はお前の好きなオムライスだぞ、特別にプリンもつけてやる」


思わず首に抱きつくと、邪魔だから離しなさいとクラトスが叱った。それでもその声はとてもあたたかかった。







こんな仕合せな午後の日が、いつまでもいつまでも、つづきますように