But, I love you...
「いーやーだー!うさメロンも食べる!」
「おやつは1日1個までっつってんだろうが!いつまでもごねてねえでさっさと来い!」
「っやー!だー!」
お菓子コーナーの棚にへばりついて徹底抗戦。しがみつく俺、ひっぱるゼロス。近くにいた子どもがびっくりしてこっちを見たけどこんなとこで俺は諦めないんだぜ!
「だいたいおやつ1日1コなんてひどすぎる!ゼロスが家計をにぎってるからってこんな恐怖政治は許されないぞ!」
「っそーゆう台詞は2桁以上の足し算引き算がまともに出来るようになってから言え!」
「むずかしい無理だ!」
震える両手と両足に、耐えろ耐えろと必死で念じる。だけど俺より力の強いゼロス相手にいつまでももつわけもなくて、結局俺はあっさりと棚から引き離されてしまった。背中から倒れてく感覚に、あ、やばいと思ったけど、ぽすりと背を支えられて、ゼロスの腕の中に収まったのに気がついた。見上げれば、不機嫌な顔。これ以上だだをこねるのは許さないと言うみたいに、でこぴんをされた。
「ほら、行くぞ、」
そう言うと買い物かごを持ち上げて、さっさと行ってしまう。いつになく怒ってる背中にうさメロンと叫ぶ勇気はさすがにない。悔しいけれど仕方ないから、その後をちょっと離れてついていった。(うう・・・・さよなら俺のうさメロン・・・・・)
大学に入って一緒に暮らし始めて、ずいぶん経つ。同じ家で生活し始めてわかったことは、ゼロスは意外と口うるさいということ。今だってうさメロンを買ってくれなかったし、(そりゃ、その前にシュークリームをかごに入れたけど、でもどっちも食べたかったんだからしょうがないじゃんか!)朝だって容赦なくたたき起こすし、好き嫌いも許してくれないし。
一見自分のほうが遊んでいてだらしないように見られるくせに、ゼロスは実は面倒見のいい性質で、(そのかわり自分のことは気にかけないから、自分に対してはそこまで真面目でもないんだけど、)悪く言えば、お節介。
同居を始めてからはいろいろうるさくて、俺はちょっとむかついている。
この前だってジーニアスとちょっと長電話してただけで携帯勝手に切られたし、俺の部屋が汚いからって勝手に掃除するし、門限9時ってうるさいし!(おまえは俺の母さんか!)
あーもっ!思い出したらほんとに腹が立ってきた!
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いつまで拗ねてるつもりなのかね。
ふたり暮らしを始めてからずっとこうだ。甘えん坊で子どもっぽいロイドくんに毎日手を焼いてばかり。ついこの間も時間を気にせず1時間以上携帯で喋っているから取り上げないといけなかったし、放っておくと部屋はすぐ汚くなるし、寄り道癖があるから油断していると帰りはすぐ遅くなるし。(・・・そのたび俺がどれだけ心配してるのかわかってるのかよ、)本当に、手が離せないったらありゃしない。
背後のじっとりした目線をシャットアウトして買い物を続けていると、ロイドくんはどうやら実力行使に出るつもりのようだ。そこらの商品を無言でカゴに入れ始めた。ハンバーグにプリンに好きなメーカーのふりかけ。俺が黙ってそれを棚に戻して、何度か沈黙の攻防が続いて、とうとうロイドくんは切れた。手に持っていたワッフルを俺に投げつけて、大口開けて喚き散らす。
「もーっ!ゼロスのばか!ばかばかばかばかばーか!」
あんまり大声で言うもんだからさすがに周りの目が気になって抑えようとすると、ロイドくんはますます怒った。
「保護者きどりで過保護でおやつは1日1コで家計は恐怖政治!もうたえらんねえ!」
最後の一言を聞いてはいけないと思って必死で止めようとしたけれど間に合わなかった。ロイドくんが叫ぶ。
「もう別れる!」
決定的な一打で、俺はしばらく動けなかった。喧嘩をしたことは何度もあれど、別れを切り出されたのは初めてのことで、俺は自分で思う以上に動揺していたのだ。立ちすくんでいるうちにロイドくんは走り去った。追わなくちゃと、思ったけれど、足は石像のように重くて、目の前はハンマーで打たれたようにぐらぐらして、厳しくしすぎたのがいけなかったのかとか俺は過保護すぎたのかとかロイドくんはそんなに嫌がってたのかとか考えが頭をめぐって、頭がパンクしそうだった。
胃がぐるぐるする。立っていられない。それでもとにかくロイドくんを追わなきゃと思って、俺はふらつく足で歩き出した。
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ああああああどうしよほんとどうしよ俺・・・・!
カッとなってひどいこといっぱい言って走って逃げて、30秒ですでに後悔。(ゼロス怒ったかな・・・怒ったよな・・・・・)
たしかにゼロスは世話焼きだけど、でもそれは俺を思ってのことで、他の人にはこんな風にしないわけで、ゼロスが面倒見るってのは本当に大切にされてるってことだって、俺が、一番よくわかってる。口うるさく言うのも、俺のためだって、本当は、わかってる。ゼロスが俺を大切にしてくれていること、本当は、わかっている。
やっぱり、このままじゃ駄目だと思って、くるり、踵を返す。
(みつけなきゃ、みつけて、ちゃんとあやまらなきゃ、)
走って走って捜し回って、生鮮コーナーにあいつはいた。覚束ない足取りで歩いているのを後ろから捕まえて、振り向いたところに、思いのまま、言葉をぶつける。
「ごめん!俺、おやつ1日1コでももう文句ゆわないから!ちゃんと好き嫌いも直すから!部屋もちゃんとかたすから!」
きょとんと見開いた目が俺を見下ろす。俺は必死で続けた。
「そ、それにな!ぜっ、ゼロスは、そのっ、意外とぶきっちょだし、放っとくと面倒くさがって飯も食わないし、いざとなれば何でも電子レンジであっためれば食べられると思ってる、から!」
「ロイド?」
「つ、つまりその、やっぱりお、俺が・・・・そばに、いないと、だめだと、思う・・わけ、で・・・」
「・・・・・ロイド、」
「あ!あっあっ、いやいやいや、俺はゼロスがすげーダメなやつだとか言っているんじゃなくってっ、もちろんゼロスは逞しいし勉強だって俺の何倍もできるし、顔だって、その・・・み、見とれちゃうくらい綺麗なん、だ、けど・・そ、その、そうゆう、ちょっとダメなとこがあるからよけいに俺はゼロスが好きなわけで、つまり、あの、」
「っロイド、もういいから、」
「いや!言わせてくれ!つっ、つまり俺は、俺はっ、お前の言うことこれからはちゃんと聞くし、お前の苦手なとこは、俺が助けたいし・・、つつ、つまり、これからも一緒に暮らしていきたいつもりでっ・・そのっ、ぜっ、全力で、・・大好きなんだよ!」
一息に言い切ると、ゼロスは首を振ってうつむいた。機嫌を悪くさせちゃったのかと俺が心配すると、顔を上げて言う。
「・・・・・・・・ここ、スーパー」
ぴたり。止まった動き。血の流れが1回止まったみたいに、身体がぴくりともしなくなる。
それでもなんとかゆっくりと首を回して、目線をめぐらす。老若男女、固まった視線。避けるようにして置かれた距離。十数人の注目。決して生鮮コーナーのせいではない、冷たい空気。
俺とゼロスはうつむいたまま、右手と右足、左手と左足いっしょに出してカチコチ歩いて、そそくさとその場を離れた。
帰り道、気まずい雰囲気を黙って歩く。左手に持つレジ袋がやけに重い。なんて切り出したらいいんだろうと、ぐるぐるぐるぐる考え込んでいると、頭の上で声がした。
「・・おまえ、洗濯物、色柄と白物分けないで洗うし、ほうれん草と小松菜の区別もできないし、ほっときゃ髪乾かさないで寝たりしてすぐ風邪引くし、買い物だってしょっちゅう買い忘れするし、まじでどうしようもねえよな、」
ザクザクと胸に突き刺さる言葉に返事をできずにいると、ゼロスは左手に持っていた袋を不意に持ち替えた。俺が見上げると、空いた手がスッと伸びる。つかまれた右手、かち合った視線、持ち上がる口元。
「ゼロス?」
「お前みたいなどうしょもねえばか、俺ぐらいしか付き合いきれねぇよ、」
しょうがねえから、もちょっと一緒にいてやる。
ぼそりと吐き出された言葉。うれしくて微笑んでしまう俺のことをゼロスも見逃してくれたから、そうつぶやいたときのゼロスの顔がすごくすごくうれしそうだったのは、気づかないふりをしてやる。
繋いだ手はとてもあたたかくて、仕合せの温度がした