ハニーアンドダーリン
     ※現代パラレルです















メールのやりとりをするようになった。


たまに間を置くことはあったけど、だいたい毎日、他愛もない話をするようになった。趣味はスノボだとか、食べ物はトマトが嫌いだとか、ちょっとずつ、アーヴィングさんのことを知るたびに、ちょっとずつ、送受信ボックスに彼の名前がふえていく。それだけで冷たい電子機器がたまらなくあたたかく愛おしくおもえてくるから不思議だった。


休みの都合が合ったり、上がりが早い日があったりすると、たまに一緒に出かけたりして、もう単なる客とは言い切れない、友人のような曖昧な関係が俺はうれしかった。客として店に行くとき以外でも、彼に会えるのがたまらなくうれしかったのだ。




師走という字が指すように、すこしずつ忙しくなってきたある日、仕事のついでに近くまで来たから、俺は数日ぶりに美容室に足を向けた。このところ残業が多かったから、彼の顔をみるのもずいぶん久しかった。


堅い革靴で、スーツの上からきっちりとコートまで着込んでいるのに身体が軽い。店へ通じる坂をかろやかにくだりながら、自然、鼻歌でも歌いだしてしまいそうだった。


ふと、しばらく行って、歩を止める。見慣れたガラス張りの洒落た店、入り口には目的の彼が立っていた。あたりを見回しているのにみつからないようにそそくさと手前のカフェの陰にかくれる。だれか待っているのだろうかと思いながらも、いま出て行ったらおどろくだろうかなんて考えて大人気もなくわくわくする。


そろそろ行ってみようかと足を持ち上げたとき、アーヴィングさんに駆け寄る人影に気づいて身体が固まった。


冬晴れにきらめく金糸、寒さを吹き飛ばすような笑顔、飛び込んだのは彼の腕の中だった。


ふるり、厚着したのにコートの隙間を風がすりぬけた。


アーヴィングさんはおだやかな笑みを浮かべていた。抱き締めたあどけない顔の女性もおなじだった。


(・・・・彼女、いたんだ)


俺は初めて十二月の寒さを実感した。喫茶店の陰、狭く仄暗い路地、凍えるような風。身体の芯から冷えてゆく。


(ただの客と美容師なのに、なに、期待してたんだ、おれ、)

吹き付ける冷風は、俺の思考すらもまっしろに染めていった。








第三土曜日は、予約していたのに行かなかった。


風邪でも引いたのかと心配するメールが何度か届いたが、返すことばはみつからなかった。悲しいことに身体は健康なので風邪とは縁がなかった。いっそ病気にでもなれば、こんなに落ち込んでいるのはそのせいだと言い訳ができたのに。


彼と会わなくても日々はおそろしく早く進んで行って、街はすでに赤い服のおじさんの登場を今か今かと待ちわびていた。たまに彼女のいない年も、独り身をそれほど嘆いたことはなかったのにああ今年はなんてわびしいクリスマスだろう。(恋人なんて高望みはしないから、せめて友人として彼と一緒にすごすことくらい夢を見させてほしかった)


そこまで考えて、ふと、通い慣れた美容室がちらついた。(恋人じゃなくても、友人じゃなくても―――)


客としてなら、彼に、会える。(客と店員の関係を越えることはできないけど、それでも、会えるのだ、)


気がつくと携帯を取っていた。会えばまたつらくなるとはわかっていた。それでも、特別な日は特別な人に会いたかった。・・・・特別な人の特別な日を、すこしでも、ほんのすこしでも、独占したかったのだ。


『24日、予約入れられますか』


短く打って、ふるえる指で送信ボタンを押した。


返事はすぐだった。こくりとのみこんでから、ゆっくりとメールをあける。


『すいません、その日は予約がいっぱいなので』


飛び込んできた文字にひどく落胆した。しかし考えてみれば当然だ、あれだけ人気のある店なのだから。
そう思いつつも、未練がましく返信をみつめてしまう。すると、まだつづきのあるのに気がついた。下にスクロールする。


『店が終わったあとでもいいですか?』


おどろきに、胸がつまる。(いいんだろう、か、その・・・彼女が、いるのに)


迷ったけれど、はいと返事をした。彼女にわるいと思うきもちはあったけれど、それでもただ、会いたかった。(我儘でごめんなさい彼女さん、ちょっとだけでいいから、貸してください)


会って、告白しようとかそういうきもちがあるわけじゃなかった。ただ、伸ばした髪をばっさり切ってもらおうとおもった。未練がましいきもちも彼の手で切ってもらおうと、おもった。








すこしだけ改まった格好で店に行くと、すでにクローズドの札がかけられ、ガラスもブラインドで遮られていた。その隙間を薄く漏れる明かりがあるのを確認して、中に入る。ベルが響いて、受付にひとり座っていた彼が顔をあげた。久々に見たせいで、うれしさに呼吸さえとまりそうになる。(・・・・ああ、まだ、こんなに好きなんて)

いらっしゃいませと控えめに言う彼は、いつもよりすこし沈んだようすだった。今日はどうしますかと聞く声が機械的でかなしくなる。(本当は、彼女との時間を邪魔されたのをよくおもっていないのかもしれない、)いつのも敬語でさえ、客の俺と店員の彼を隔てているようでじわりと染みた。
いろんな感情を押し込めて、切ってくださいと短く答えると、彼はちいさくうなずいて俺の上着を取った。



慣れたスタイリングチェア、ここに座るのも今日で最後にしようと思いながら、ゆっくりと沈み込む。棚から道具を取ってきた彼が後ろの丸イスに座った。


「どこまで切りますか?」
「・・・・ばっさり、切ってください」


このへんまで、と手でうなじを指せば、アーヴィングさんはその日初めて表情をみせた。見開かれた目、うすく開いた唇におどろきの色をのせて、


「そんなに、切っちゃって、いいんですか?」
「・・・はい」


しばし彼は呆然としていた。俺が振り向くと、心配げな目にみつめられる。


「あの、なにか、あったんですか?その・・・・失恋、とか」
「っ・・」


そんなことを聞かれて、あなたに失恋しましただなんていえるわけがない。(ああもう、なんて酷なことを聞くんだこのひとは、)だめだと思うのにじわりとなみだが浮かんだ。
目の前の顔がゆがむ。くしゃりと、こまったようなハの字の眉。彼は苦笑いしながら言った。


「・・・・・・だめだなあ、ワイルダーさん」
「、え?」
「隙あらば襲ってやろうとおもってる男のまえでそんな顔、したりして。・・・・なに?誘ってんの?」
「・・・、アー、ヴィング、さん?」


とつぜん変わった口調が背筋を震わせる。(・・・つうかいま、なんつった?)いつも穏やかな鳶色のひとみはもう笑っていなかった。


「ワイルダーさんが、わるいんですからね」
「な、に、」


質問の途中でさえぎられる。押し付けられた強引に身がすくんだ。止まった思考のもどるころ、ようやく離される。ぱくぱくと、意味がわからなくてただ開閉する口、しばらくしてやっとまともな言葉を発した。


「な・・・ん、で?」
「さっきも言っただろ?俺はいつだって頭から食べちゃいたいとおもいながらあんたのこと見てたのに、あんたが失恋したとか泣くから、どうぞ弱ってるところにかぶりついてくださいとでもいわれてんのかとおもった」
「なっ・・に、いって・・!だ、だってアーヴィングさん、には・・彼女・・・が、」
「カノジョ?」
「このまえ、店先で抱きついて、た・・・!」


アーヴィングさんはぽかんと口をあけた。それから何度か俺の言葉をぶつぶつくりかえして、はっと顔を上げる。


「もしかして、金髪の?」
「・・っ・・・はい、」
「えええないない!だってあれ幼馴染だぞ?だいたい俺はずっとあんたのことばっか考えてたんだから他のやつに惚れるひまがない!」


ばっさりと言い切られて、浮かんだ涙もぐぐぐともどってしまった。あっけにとられて肩の力が抜ける。崩れた先にスタイリングチェアがあって助かった。背もたれに沈んだあごをアーヴィングさんがくいと持ち上げた。のぞきこむ鳶色にどきりとする。さっきよりも落ち着きの色をとりもどした彼は言った。


「自意識過剰かも、しれないけど」
「・・んん?」
「もしかして、俺に失恋したとか、おもった?それでこのまえの土曜日、来なかったのか?」
「っ・・ぁ、い、いやべつにあの、そそそんなっことっ・・・!」


ずざざと身体を離して両手をぶんぶん振ったけれどアーヴィングさんはうすく笑っただけだった。(というか俺が大好きな彼に嘘なんてつけるわけがなかった)
独り言でもつぶやくように、ちいさく口を開く。


「ただの美容師のくせに、しつこいから嫌われたのかとおもった。すげーへこんだ」
「っち、ちがいます!ぜぜ、ぜんぜん、きらいに、なんか・・・!ていう、か、あの・・その・・・俺、むしろ、アーヴィングさんの、こと、その・・・」
「うん、もうわかってる。・・・・いいよ、むりすんな」


微笑みながら彼がうなずく。
それから、そっと、長い指が伸びて俺の髪をすくった。毛先が持ち上げられ、かるくキスされる。慈しむような仕草にああほんとに好かれているのだとようやく実感が湧いて俺ははずかしくなった。髪の束を指の腹で撫ぜながら、アーヴィングさんが満足げにいう。


「よかった、切らずに済んで」
「・・・なん、で?」
「あんたの長い髪、好きなんだ、初めてみたときからずっと。・・・これからは俺がずっと専属で切ってやる」
「・・・・・・・好きなの、髪だけ、なんですか、」
「言わせたいのか?」
「っやっぱりいいです!」


ぷいと顔を背けたのにアーヴィングさんがぐいと髪をひくからそれはゆるされなかった。むりやり引き寄せられて頬をつかまれた。いつになくまじめな目が俺を射抜く。


「すきだよ、ぜんぶひっくるめて、ゼロスが」
「――――!」


ひどい、反則、だ!(とつぜん名前を呼ぶなんて、急にそんな真剣な顔をするなんて、いきなり好きだというなんて!)
俺の顔色が赤からもとにもどらなくなったら、どうしてくれる!(これ、けっこう、真剣に、戻らなさそう、なんですけど!)


返事を待つアーヴィングさんの視線、もはや俺に残されたこたえはひとつだけだった。顔を見ながらいうのがはずかしくて、ぐいと首を抱き寄せて、ささやいた。














(おれ、も、です)(うん、しってる)





カスタマーアンドウォーカー

ハニーアンドダーリン











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ロイゼロとか、すんごい久々に書きました。
いつもゼロロイばかり書いているけど大丈夫、ロイゼロもちゃんと好きです。というかもうふたりが絡んでればなんでもいいです。←
今度はロイドくん視点もちょろっと書きたいなあなんておもっています。

最後までお読みいただきありがとうございました。