ふくれっつらでゼロスは宿にもどってきた。床で鞘を磨いていたロイドは目だけ動かして、おかえりと短く言う。ゼロスの返したただいまにははっきりと不機嫌がこめられていた。めずらしいことだ、ちょっくら街の女の子たちとお話してくるからと、軽い口調で情報収集に出かけたときとは、えらくようすがちがう。


布を持つ手を止め、今度はよく注意してその表情を目でなぞると、薄暗くてよくは見えないが、左の頬がすこし腫れている。


「ゼロス、なにかあったのか?」
「べぇっつにー! なんにもないですけどー」


言いながらズカズカとやってきたゼロスは、ロイドが背にしていた窓側のベッドにドンと座るとうしろからぎゅうとその首に抱きついた。引っ張られたロイドは軽くうめいて見上げる。長いまつげは伏せられ、唇は引き結ばれていた。機嫌のわるいのを隠そうともしない顔だ。へたに話しかけて絡まれるのもめんどうくさい。ロイドは黙って横たえていた剣を手に取った。


しばらく、汚れを落とし錆びを取っていると、抱きついた手にはさらに力がこもった。無言の「かまえ」にロイドはため息をつく。


「なんだよ、俺、いそがしんだけど」
「うんハニー今日ね、俺ね、桟橋でかわいい女の子口説いてたんだけどね、」


ロイドを無視してゼロスは話す。かかる吐息と揺れる毛先にロイドはすこし首をずらしたが、ふたたび腕につかまってあきらめる。


「途中で女の子の名前、間違っちゃってさあ、」
「あーそう、それで」
「ローズちゃんに向かってロイズだぜ? もー、『ロイズって誰よ! 誰と間違ったの! サイッテー!』で、ビンタ一発、振り向きざまのべー、が一回、で、最後に大声で、『ほんっとサイテー!』ってたたきつけられた」


ロイドは正直、あっそう、で済ませたかったが、そうするとゼロスがいじいじとよけいに面倒なので、大変だったなと一応なぐさめてやる。ゼロスは深い深いため息をついた。


「大変だったな、じゃねえよハニーがわるいんだからね、ロイドロイド呼んでるせいでローズがロイズになっちまったんだから」
「はァ? なんだよそれ俺のせいかよ」
「そうですー、ハニーのせいですー。俺さまこんなミスしたの初めて! ちょーショック!」


もー、責任とってよロイドくん。首を揺すりながらうじうじとゼロスが言うのにいいかげんうざったくなってロイドは口を開く。


「だーもう! わかったわかった、もしお前が世界中の女の子にきらわれたら俺が責任とって嫁にもらってやっから、絡んでねえで早く寝ろ!」


ぴたり。ゼロスが固まった。ようやく姿勢を落ち着けて、ロイドは剣を磨くのにもどる。するとゼロスがぽそりと言った。


「ハニー、お嫁にもらってくれんの?」
「? べつに、かまわねえけど」
「え、なにそれプロポーズ?」
「へ? ・・・・・あ。あーうん、そうかもな」


あいまいにうなずくとゼロスはロイドの首を放し、うああだとかまじかよだとか叫びながら、ベッドに背から、飛び込んだ。どうしていいかわからないように、布団の上でじたばたしている。


ロイドには特にそういうつもりはなかったが、ゼロスが喜んでいるからまあいいか、と思った。それから背後に向かって、そっち俺のベッドだからあんまぐしゃぐしゃにすんなよと言った。どうせあとでぐしゃぐしゃにすんだからいいじゃねーのとゼロスは言った。まあたしかにそのとおりだったから、ロイドは黙って磨き終えた剣を鞘に収めた。


「風呂先に入っていいか?」
「うん、いいよー!」