ロイドは朝が来るなり家を飛び出した。はやくはやくとノイシュを急かして野を駆け森通り、ちょこまか走ってイセリアへ!


村に新しい住人がやってきたこと、小さな子どももいること、これが昨日、村に買い物に行ったダイクの持ち帰ったお土産だった。それを聞いた途端に目を輝かせたロイドを見て、笑いながらダイクはわざと、しまったグミを買い忘れちまったと自分の頭をかいてみせた。小さな買い物係がすかさず手を挙げたのは言うまでもない。


ロイドはわくわくしていた。新しくやって来た子ども、どんな子なのだろう! おもしろいだろうか、背は高いだろうか、こわいやつだったらどうしよう!
まだ見ぬ移住者の姿にどきどきを抱えながら肩にかけたポシェット揺らし、ロイドは小さな足で走っていた。


そうして草木に馴染まぬ銀色を見つけたのは、森の出口にさしかかったときのことだった。ロイドにとっては庭同然の森である、違和感にはすぐに気がついた。
坂の下、背の低い草むらの向こうで時おり揺れている銀糸がある。遠くてまだよくは見えない。(けものかもしれない、気をつけなきゃ)ロイドは相手に気づかれないようゆっくりと、坂を下った。


背の高い草に隠れながら近寄ると、どうやら人間だった。息遣いがけもののそれではない。しかし見慣れない髪の色である。こっそりと、葉をすこし手で掻き分けて、細い枝葉の先にのぞく人影にロイドは目をまるくした。そうしておもわずガサリ、草の上にしりもちついて音を立ててしまう。途端、向こう側から声が上がった。


「っだれ!」


高い声だ、いくらか震えている。ロイドはすっくと立ち上がるとすこし背伸びをした。ようやく鼻から上が草の背を越えて、ロイドと相手、銀髪の子どもは正面から向かい合った。とつぜん現れたロイドにひどくおどろき、警戒しているようすである。


「おまえ、なんでこんなとこにいるんだ? 迷子か?」


ロイドがそう聞いたのは、子どもが泣いていたからだ。けれど子どもは不審げにロイドを見つめながら首を横に振った。


「キミ、・・・だれ?」
「おれ? おれは、あ、ちがうちがう、えーっと、おやじはなんて言ってたっけ? あ、そうだ、『人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんだぜ!』」
「なにそれ・・・・まあいいけど。ボクはジーニアスだよ、キミは?」
「おれはロイド、ロイド・アーヴィング」


ジーニアスはひとつうなずいてから、もうひとつ聞く。


「ロイドは、村の子なの?」
「イセリアの? うーん、近くに住んでるけど村の子じゃねえんだ」
「・・・なんだ、そっか」


ジーニアスはすこしがっかりしたようだった。赤い目元にロイドは心配になる。隠れていた草むらから出て、ジーニアスのそばに立った。ロイドの方が頭一つ分背が高い。膝に手を当てしゃがみこんで、ロイドは聞いた。


「なあおまえ、なんで泣いてたんだ? ここ魔物出るぞ、キケンだぞ?」
「そ、そんなのキミに関係ないじゃない!」
「関係なくねえよ、だってジーニアスは俺の友だちだ」
「っ! え、ええっ、いつの間に友だちになったんだよ!」
「だって俺はジーニアスの名前を知ってるし、ジーニアスは俺の名前を知ってるだろ。それにおまえ、なんかいいやつそうだし!」


な! ニカ、と笑いながら聞き返されてジーニアスは口ごもった。それから戸惑いながらも、小さくうなずく。ロイドはジーニアスの小さな手を取るとぎゅうとにぎり、ぶんぶんと揺らしてみせた。ジーニアスはその動きに軽くよろめいたが、ロイドがあんまりうれしそうなのでつられてちょっとだけ、笑顔を見せた。


ジーニアスは新しく村にやってきた子どもだった。聞けば人間ではなくエルフで、村の子どもたちはそれを怖がって、ジーニアスが近づくと逃げてしまうのだという。しかし姉を心配させないために友だちのできたふりをしなければならないから、森までやってきてひとりで本を読んでいたのだそうだ。


村にゆく道すがら話を聞いたロイドは村の子どもたちに憤慨し、それから(ミコサマは忙しいからいつになるかわからないが、)幼馴染のコレットを紹介することを約束し、自分とジーニアスはもう友だちだと何度もくりかえした。ノイシュもついでに友だちだと言った。ノイシュの大きい背に乗せてやるとジーニアスはきゃっきゃと喜んだ。


村に着いたときにはもう昼で、ロイドはジーニアスとそのお姉さんのリフィルと一緒にご飯を食べた。それからしばらくジーニアスと話をして、夕焼けがキレイに染まるころにロイドは村を出た。村の入り口まで来てジーニアスはぶんぶんと手を振ってくれた。ロイドもいつまでも振っていた。




夕陽のしずむすこし前に家に帰った。そうしてようやくロイドは気がついたのだ。


「あっ! おやじのグミ、買うの忘れちまった!」


なにやってんだおめえは、ダイクは大きな手でロイドの頭をぐしゃぐしゃしたが、それからニッカと笑って言った。


「しょうがねえな明日また行ってこい!」
「! っうん!」


(あしたがはやくはやく、うんとはやくくればいいのに!)