その夜、クラトスは墓石の前に立っていた。墓石の前にはとりどりの花が捧げられ、おだやかな夜風にひらひらと揺れている。ふと、薄暗い世界にさらに影が落ちた。横目で見れば息子が立っている。いつになく落ちついて、凛とした表情だ。あるいは数ヶ月クラトスと道を分かっていたあいだに覚えた表情なのかもしれなかった。
ロイドは声、風に乗せるようにさらりと話す。
「・・・あんた、明日、斬れるのか」
返事はない。クラトスはアンナの墓を見つめたまま、黙っていた。めぐるのは息子と同じ目をしたあの日の少年の姿である。仄暗く長い、四千年分の記憶。
言葉を返さぬクラトスにロイドは、今度ははっきりと言った。
「また迷うなら、俺はあんたを置いていく。それであんたの弟子を、倒すよ」
クラトスはそこでようやく、顔を上げた。
「・・責任を、お前だけに押し付けることは、せぬ」
「じゃあ、覚悟はできているんだな?」
「・・・・無論だ」
「そうか、聞けてよかったよクラトス、」
言うなりロイドは手を伸ばし、ぐいと乱暴に襟元を引いた。とっさのことでバランスを崩したクラトスはろくな抵抗もできず、近づく息子の顔に、ああ、逃げられないと思った。とっさに目を瞑ったがいっこうに、予期した接触はない。そっと目蓋を持ち上げると吐息のかかる距離、息子は肉食獣のように鳶の目光らせ見つめていた。
「母さんの前だから、今日はしない」
「・・っ・・・」
「あんたがまだ斬る斬らない、悩んでるようだったら本当はずっと、手を出すつもりはなかったんだ。でもクラトスは覚悟があるって言った。そこが分かれ目だよ、俺は今のあんたが好きだ、だから、」
次は、逃がしてやらねえよ。言い残して、ロイドは去った。
クラトスは亡き妻の墓にもう一度視線を投げかけ、そして眉を歪めた。
「・・・すまない、」
(拒むことのできない私をどうか、許さないでくれ、)
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