願わくば、











アンナへ


アンナ、ロイドは私の知らぬ間に健やかに成長し、とうとうお前の生まれた街まで辿り着いた。


足し算引き算も5桁まできちんとできるようになり、最近では掛け算が使えるようになった。私たちの息子は真っ直ぐ育っている。


今日は天気もいいし、ルインを散歩してくると言うので、私は邪魔をしないように後をつけることにした。


お前の生まれた場所だからだろうか、なんだかお前に見守られているような気がする。


できれば、お前とふたりで息子を見守ってみたかったものだ・・・・「っそこのねこにん!ロイドをいやらしい目で見るな!」


・・・取り乱して申し訳ない。ねこにんがロイドを見つめていたので蹴り飛ばしておいた。アンナ、私は無事に息子を守ったぞ。





ロイドは橋を渡って湖の方に歩いて行った。


そういえば昔3人でユウマシ湖に行ったことがあったな。ロイドはまだ膝立ちで歩けるようになったばかりで、背丈は私の膝ほどしかなかった。お前がサンドイッチを作り、ロイドはようやく生えてきた歯でもぐもぐとそれを食べていた。思えばあの頃からトマトが嫌いでお前によく怒られていた。拗ねたロイドは眩暈がするほど可愛らしかった。


湖に行ったことを、心のどこかで覚えているのだろうか、ロイドはじっと湖面を眺めていた。その後ろを、数人の子供たちが駆けて行く。危ないと、瞬間的に足が出た。狭い桟橋で走り回って人にぶつからないわけがなく、1人の子どもがロイドの背に当たって倒れ、その衝撃でロイドの身体は宙を舞った。子どもたちの悲鳴を裂くように全力で走って、ひらりと舞う首のリボンをつかもうとした。しかし遠くからロイドを見守っていたために、追いつくことができなかった。


バシャァ!豪快に水が跳ね、ロイドの身体は水に沈んだ。私は迷わず後を追い、一直線に水面に飛び込んだ。思い装備がずしりと身体に食い込んだがそんなことも気にならず、淡い光が反射する中、下の方でもがいているロイドに近づくように水を蹴る。すぐにばたつく身体に辿り着いて、ぐいと引き寄せた。息が辛くなってきて、それでも息子のことを思えばそんなものはどうでもよく、ただひたすらに、光に輝く水面を目指す。ぶくぶくと泡となって消えていくロイドの吐息が心配だった。


水を吸ったふたり分の体重は相当なもので、やっとのことで水面まで着いて空気を含むと、急に酸素を受け入れた肺がおどろいて反射的に咳き込んだ。


大切な我が子の顔を見れば、顔色は悪かったがひゅうひゅうと短く呼吸をしていた。安堵して、橋を支える柱を伝って、温かい木の橋に上がる。さっき橋で遊んでいた子どもたちが申し訳なさそうに泣いていた。


ロイドの身体を橋の上に横たえて、気道を整えてやる。しかし、気管に水でも詰まったのか、不意にびくりと震えて、息が止まった。


硬直したのは私の方だった。


目の前には呼吸が止まった息子。苦しそうな表情で天を仰いでいる。世間一般的に、常識的に考えてこの場合は、つまり、その、所謂、人工呼吸というやつをしていい場面、であるに間違いない。いやしかし私はこの子の父親だし、・・いや、むしろ父親だからいいのではないか?どこの誰とも知れぬ馬の骨にされるよりはむしろその方が・・・


―――アンナ、すまない。これは決してやましい気持ちでするのではなく、息子を助けたいがための父の愛情なのだと、わかってくれ。


そう思ってロイドの肩に手を添え、身体を傾けたとき。


「っ・・ぅ・・・っぷは!」


薄く開かれた唇から吐き出された水。微量のそれが頬に数滴かかって、反射的に飛び退く。ロイドがぱちりと目を覚ました。


「、あれ、俺・・・?」


体勢を立て直して、きょとんとした顔をのぞき込む。


「ロイド、無事か」
「・・・・クラトス?」


目が合うと、ロイドはほっとしたように微笑んだ。ああ、アンナ、私たちの息子は無事だったぞ、きっとお前が守ってくれたのだな。


心の底から安心して、愛しい我が子をぎゅっと抱き締めた。



願わくば、私たちの子どもがいつまでも笑顔でいられるように





(・・・・それにしてもロイドが寸前で息を吹き返してしまったのは残念だった)








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