決戦前夜、ダイクの家に泊まることになった。


封印解放のために体内のマナを放出したクラトスの消耗は激しく、一晩だけダイクの世話になることになったのだ。


重い身体をロイドのベッドに沈ませていれば、下から楽しそうな話し声が聞こえてきた。久々に帰ってきたロイドにダイク殿も内心喜んでいるのだろうとぼんやり思いながら、深くため息をついた。


(・・・・ロイド、)


鈍い頭で、再会した我が子を想う。


再生の旅をしていた頃、ロイドが何も知らなかった頃、クラトスは息子と知りながらロイドと関係を持った。生き別れた息子とは、二度と会えないとばかり思っていたから、どうしても止められなかった。素直に自分を受け入れるロイドが愛おしかった。


でも、もうあの頃には戻れない。ロイドは自分との関係を知り、自分はロイドを裏切った。これから共にデリス・カーラーンに向かうにしても、わだかまりは完璧にはなくならないだろう。




疲れのせいか、なんとなく熱っぽい身体で寝返りを打つ。すると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。顔だけ起こせば、ニ階に上がってきたロイドと目が合った。水滴の浮かんだグラスを手に持っていた。目が合うと、はにかんだ笑顔を浮かべた。


「大丈夫か?水、持って来たぞ」
「・・ああ、すまない」
「ん、ここに置くな」


ベッドの脇のテーブルにコトンとグラスを置いて、手近なイスを持ってきてそばに座る。クラトスの顔をのぞきこむと、うれしそうに笑った。


「・・・ロイド」
「うん?」
「下に、行かなくていいのか」
「ああ、大丈夫だよ。今リーガルと親父が意気投合して、盛り上がってるから」
「そうか」


それきり静寂が訪れて、クラトスは決まり悪げにもぞもぞと掛け布団をずり上げた。


「クラトス、」


熱を孕んだ声に不意に名前を呼ばれて心臓が飛び上がった。そっと横を向くと、じっとクラトスを見つめるロイドと視線がかち合う。


「・・何だ」


自分で尋ねておきながら、続きを聞くのはなんだか空恐ろしい気がした。言葉の続きを聞いてしまえば、何かが変わってしまう気がした。


ロイドが気まずい沈黙を破った。


「クラトスはさ、俺を、―――息子だってわかってて、抱いたのか」


胸が詰まった。真摯な瞳が、わずかばかり震えた声が、息子という単語が、息を詰まらせた。そして通常、問いには答えが必要で、ロイドが問うたならば答える相手はこの場にクラトスしかいないのであった。


ガラガラと、何かが決壊する音をクラトスは聞いた。理性とかモラルとか、そういったものの壊れる音。


ずっと、ずっと前から判っていた。いつかこんな日が来ることも、そのとき息子が自分を責めることも、―――自らの歪曲した恋情も。


我が子から目をそらして、自嘲気味に父親は答えた。


「・・・・そうだ」


息を呑む音が聞こえたが、クラトスはロイドを見ようとはしなかった。代わりに唇を強く結んで、叱責の拳が飛んでくるのを待った。けれどいつまで待っても鉄拳が振られることはなく、ようやく横を向くと、赤く頬を染めたロイドがいた。


予想外の表情に一瞬思考が飛んだ。息子が自分と同じ気持ちでいてくれればいいのにと束の間本気で願って、しかしそれはありえないことだと自己完結。


そして、これ以上黙ったままのロイドといることに耐えられなくなって、クラトスは顔を背けて言った。


「下に行け、ここにいるのは辛いだろう」
「!っ・・そんなこと、ない」


またしても予期せぬ反応に、クラトスは戸惑った。見れば、息子は熱を帯びた目でクラトスを見つめかえした。


「ロイ、ド?」
「・・そうだって、はっきり言ってもらえて、うれしかった。だってアンタのことだから、どうせ、すげー迷ったんだろ?」
「は?何を、」
「でもアンタは俺を抱いた。親だってわかってたのに。それってさ、」
「っロイド!」


興奮した様子で言葉を連ねる息子が怖くなった。それ以上聞いてしまえばまた、無用な期待をしてしまうとわかっていた。懇願する思いで言葉を遮ろうとした。けれどロイドは迷いのない一言を告げた。


「俺のこと、好きでいてくれたってことだよな?俺、勘違いしてないよな?」


確信を含んだ言葉に表情が歪んだ。


そんな嬉しそうに、そんな顔でそんなことを言われて、どうしても、期待、してしまう。ありえないことなのに、許されないことなのに。


それでもロイドは言い切った。


「もしそうなら、俺は嬉しい、めちゃくちゃ、嬉しい」


それ以上言わないでくれ。ぎゅっと目を瞑って、心の内で懇願した。願いは聞き届けられなかった。


実の息子が言う、夢みたいな言葉。


「俺も、クラトスが好きだから」






何かが決壊する音が聞こえた。


理性とかモラルとか、―――複雑な作りの服のボタンとか、荒々しく口付けた相手の理性とか、そういうものが










決壊する音が聞こえた












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