シャルドネ





サイテーと、憎々しげに神子は吐き捨てる。ゴトリと乱暴にテーブルに打ち付けられたグラスはカチャリと氷を鳴かせて非難した。数刻前までのへらへらした酔っ払いの姿はどこにもない。目をこする息子をベッドに置いてきた途端にこの様である。
ロイドも寝たのだからもう帰ればよいだろうと言えば、アルコールで本音のちらつく瞳が歪んだ。客人の帰る気のないのは見てとれた。不機嫌そうに神子は言う。


「一杯ぐらい付き合ってよ、天使だって飲むときゃ飲むんでしょ」
「・・・絡まれるのはご免だな」
「絡ませてんのはどいつだよ」


視線が交錯する。隠しもしない苛立ちはまっすぐに私に向けられていた。怒りの理由などとうに知っている。そして知りながら無視を続けてきたのも事実である。しかたないと空いたグラスにいくらか注ぐ。淡い金色の液体がランプに揺れた。神子の向かいの椅子を、すこしばかり傾けて座る。正面から対峙するような自信はなかった。ひっくと、しゃくりあげたのが視界の端に映る。


「アンタさあ、」
「なんだ」
「ほんとは、気づいてんだろ?」


何に、とは聞かない。神子も言わない。ただ黙ってうなずけば、酔った男は鼻で笑った。


「いっつもそうだよねえ、ぜーんぶわかってますって顔して、アンタ、自分ではなんにもしないんだ」


耳が痛い。グラスを煽ると喉が熱った。聞いてんのかよと男が絡む。わざとらしい悪酔いだった。


「・・・否定するつもりは、ない」
「あっそ、それで?」
「『それで?』」
「どーするつもりなのよ、これから、」


一緒に住むんでしょうよと神子が鬱憤のこもった言葉を吐き出す。そんなもの、私が聞きたかった。


十数年離れていた息子と、ようやく二人暮らしを始めたのが数日前。実を言えば気乗りはしなかったのだが、息子のたっての願いとあっては無下にもできず、結局こういう形に落ち着いた。そうしてルインの外れ、親子でひっそりと暮らし始めたはいいが、先行きは気鬱でしかなかった。


ロイドは私に惚れている。自惚れではない。共に旅をしていた頃からそれは時折見え隠れしていたし、新しい住まいに移ってからはより直線的になったように思う。以前は買い物に付き合ってくれと頼まれる程度で済んでいたが、この前風呂あがりで上を着ずにいたときなど、思春期らしく戸惑いがちな視線が飛んできて夜着を着るのに慌ててしまった。


しかし最大の問題は、私もまた、父親らしからぬ感情を持て余していることだった。いっそ父と子だからと割り切れればよいものを、なまじそうでなかった時間が長いだけになかなか上手くはいかないのだ。息子にこのような懸想をするなど正気の沙汰ではないと、耳元でささやきが聞こえる。それでも愛おしいとおもう気持ちは静まらなかった。その上本人は私の考えなど露も知らず甘えてきて、毎日理性を削ぎ落としてゆくのだからたまったものではない。一体いつまで自分の分別が気づかないふりをつづけられたものか疑問である。


そうして理性と感情のせめぎ合いを無言でつづけ、ロイドになにも応えぬ私に神子が憤るのは当然のことだった。敵対していた時から、神子のロイドを見る目に特別な色のまじっているのは知っていた。そして今、酒のせいでその碧眼には朱が加わり、さらには苛立ちの色が混ざって憂鬱そうに歪んでいる。


「・・・・信じはしないだろうが、神子には申し訳ないと、思っている」
「ハッ、よくそんな口が利けたもんだ。ちっとでも悪いと思ってんなら、さっさと拒むなりなんなりすりゃあいいじゃねえの」


そしたら俺様が慰めてやるのにと、こぼれたつぶやきはおそらく神子の切なる願望だったのだろう、低い声は掠れていた。


神子の言うように拒めたなら、ただの父親になれたならどんなに楽であろう。目を背けている内に育ってしまった感情は最早手のつけようがなかった。
酒でうやむやにしてしまおうとしたのに、憤懣の視線を受けているせいで逆に頭が冷めてしまった。


いい加減うんざりしたのか、ぐいとグラスを一息に飲み干した神子は小さくよろめきながら席を立った。帰るわと、短く言ってから外套をふらりと纏って、捨て台詞のように残して消えた。




「アンタってほんと、たちわりぃ」












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アンケートで、クラトスが葛藤するお話を、というお声があったので、自分なりに
二月はひとりで親子月間です



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