本の海に泳げ








「しっかし、ひでえな、これ」


足元には一片の隙間もない、狭い部屋のくせに広大な本の海。先日見たときもひどかったけれど、二日経って落ち着いて見るとよけいにカオスにみえる。となりに立つ横暴な化学教師がおまえのせいだと勝手なことをいうからつま先を踏んでやった。しゃがみこんでいるけど気にしない。本の山を一瞬で海にしたのは他ならぬクラトスなのだ。
ほらいつまで座り込んでんだと二の腕に手を回して起き上がらせて、片付けるぞと言うとクラトスは面倒くさそうにうなずいた。


二手に分かれて、部屋の入り口周辺から手をつけていく。ひとまず足場をつくるのに、手当たり次第に本の山を築いていった。三つ四つ、膝丈の山のできたところで振り返る。あ然とした。狭いスペース、座り込んでページをめくっている教師の前には、申し訳程度に積み重なった本が三冊。思わず白衣をつかんでいた。


「おっ、ま、え・・!片付ける気あんのか!」
「む。ああ、すまん」
「すまんじゃねーよ、研究机まで行けなくなったらこまるの誰だとおもってんだよ!」
「少なくともおまえは困らないからいいだろう」
「っそうじゃないだろうが・・・!」


普段俺に細かく気を遣うくせに、自分のことになるとびっくりするくらいマイペースであきれてしまう。もういい俺だけでもまともに作業しようと、背を向けた瞬間肩をつかまれて引っ張られた。急転する視界、慌ててリノリウムの床に手をついたけれど背中に衝撃はなかった。ぱちりと、目を開けると近い距離で目が合って、どきりとした。いつのまにかうしろから、両腕が首に回されている。


「な、なにすんだよ、急に」
「そう根を詰めてやらなくてもいいのだぞ」
「・・・こん?」
「・・・・・頑張りすぎなくてもいいと言っているのだ」


なんでだよと俺が噛み付くと、クラトスはやれやれと目でぼやく。むかっとしたのも束の間、そっぽ向いたクラトスがぼそりと、ゆっくり片付けた方が長い時間一緒にいられるだろうというから文句など封じ込められてしまった。しまった顔があつい、(そういうこと、さらっと言うのやめろよ、な・・!ばか・・・!)


「っつう、か、いいかげん、離せ、ばかやろ・・!」


ぐいぐいと腕を剥がしてすり抜ける。なんだか恥ずかしくてうしろは振り向けなかった。
しばらく黙って積み重ねていると、ページをめくる音といっしょに背後からクラトスが話しかけてきた。


「てきとうに、足場だけ確保できればそれでいいからな」
「え、なんでだよ」
「後で自分で、元通りに復元する」
「ええ!せっかくだから真ん中通れるようにすればいいじゃんか、あんなにせっまいんじゃ歩きづらいだろ」
「前の配置が気に入っているのでな。系統と使用頻度で選り分けてある」


規則っていうのはそうゆうことだったのか、そんな基準で置いてあったのかと納得したけれど、それでも入りづらいのは入りづらいから、俺は躍起になって置き場を変えろと言った。クラトスは黙って本に視線を落としていたけど俺が取り上げるとうるさそうにようやく顔を上げる。


「・・・おまえは、それでいいのか」
「え?」
「歩きやすいということは、おまえ以外の生徒もここに入りやすくなるということだぞ」


しばらく、思考が渦巻いた。よく、考えると、たしかにそのとおりだ。垣根のように築かれた山がなくなれば、この前の女子みたいに気安くここに来る人間も、増えるかもしれないってことだ。
じっと考え込んでいるとクラトスはため息をついて、そこまで嫌なら変えると言った。反射的に、だめだと口が動いていた。クラトスがすこしおどろいた顔をして、のぞきこんでくる。


「なんだ、妬いたのか」
「ちっ、ちが・・!クラトスのっ、使い勝手がいい方が、いいと思っただけ、だっつの!調子乗んな!」
「おまえは可愛いやつだな、そうか、自分以外の誰もこの部屋に入れたくないと」
「クーラートースー!」


ぼかすかとめちゃくちゃに、肩を胸を頬をたたくのに身軽に交わされてしまった、むかつく。(こいつ、俺のこと好きだって言ってから、なんか、意地悪くなった、ぜったい・・・!)それどころか手首を両方つかまれて捕らえられてしまった。


「おい、・・ちょっと、・・・クラトス?」


てっきりまた、抱き締められるのかと思ったのに近づいてくる気配はない。だけど、離してくれるようすもない。よくよく見ると、クラトスは形のいい唇をきゅっと結んでいた。


「えっと、あの、どうかしたか?」
「・・・・・生徒、に、手は、出せん」


ゆるゆると握力が解けていく。だらりと両腕を床に投げ出した。たぶん、必死で耐えているんだろう、自意識過剰とかでなくそう思う。
よく見ると小刻みに指先が震えていて、なんだかしょんぼりと丸まった背中は可愛くみえた。ちょっとわらいながら、うつむいた頬に手を伸ばす。顎を持ち上げて、ぼうっとしているのをいいことにすいと身を屈めてキスをした。一瞬、触れた唇はやわらかくてどきどきした。すぐに身を離すと、見開いた目がみつめていた。なんだかしてやったり感でうれしくなった。


元通りに直すぞと声をかけるとクラトスは素直にうなずいた。それからゆっくり、見たこともないような笑顔になる。なんだよそんなうれしかったのかよと、俺はちょっとだけ照れた。









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気が向いたというか、嬉しかったので書いてみました
なんか最近、画面に二人がいるだけでうれしい
親子、好き・・!親子月間、たのしい・・!
もっとつづき、書きたい・・!



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