さよなら生徒、
人の輪こっそり抜け出した、別れの挨拶そこそこに。
はずむ足、通りすぎる先生たちにかるく頭を下げながら小走りにゆく。そうして薄暗い廊下、見慣れた白い扉の前に立つとどうにも胸が躍った。
開けたらどんな顔をするだろう、わくわく、想像力は少ないくせに、こういうときばかりやたらと元気になる。しばらく表情予想を楽しんで、ああこんなことで時間をつぶしてる場合じゃなかった、気がついて、目の前の扉ノックする。返事はなかった。
まあいつものことかと思って開けて、「しつれいしま!」すの前で止まる。理路整然、いつもどおりの化学準備室、主だけがいなかった。
きょろきょろ見回しても、本の山に隠れているわけでも、谷に紛れているわけでもない。(ちぇ、ここに来れば会えると思ったのにな)他の卒業生にでも捕まってるのかなと思って、しかたないからここで待つことにした。
一週間かけて元通りにした狭い道、身を細くして通り抜ける。隙間風が冷たいから研究机の下のストーブをつけようとして、机の上、珍しいものに気がついた。
桃色の花束、白い手紙。自意識過剰じゃなければ、俺宛の。すくなくとも封筒には俺の名前が書いてあるからそうなのだろう。手にとってみて、すこしおどろく。(なんか・・・重い?)
気になって、俺に宛てたものなんだから中を見ても平気だろうと思って裏返す。のりづけはされていなかった。
開けようと手をかけたとき、ガラリと、勢いよく扉が開かれた。横開きのドアは何度か跳ね返ってようやく静かになる。立っているのは俺の待っていた人だった。
「あ、クラトス、」
「・・アーヴィング、・・っ・・・教室までむかえに、行ったんだぞ・・・!」
ぜえはあ、肩で息をしながらクラトスは俺を睨んだ。すれちがってしまったらしい、わるいことしたなと思っていると、ふと、クラトスが目を見開いた。
「・・・中身を、見たのか」
「?・・あ、手紙?まだ開けてねえよ。あ、えっと、ごめんな?俺宛てだったから見てもいいかなって、」
クラトスはほっとしたように息を吐いてから扉を閉めて、それからなぜか鍵もかける。俺が首を傾げると、三年の女子に囲まれたのだと疲れた目をして言った。たぶんこの機会に、写真だなんだをお願いされたんだろう、なんとなく想像がついた。それを振り切って俺を捜してくれたのかと思うと申し訳ない反面、すこし嬉しかった。
疲れた足取り、肩にぶつかった本が一、二冊落ちたけれどクラトスが気にするようすはない。本の森を抜けたクラトスは額の汗をぬぐって顔を上げると、ふと、微笑んだ。
(――あ、)
「今日、スーツなんだ、な」
「卒業式くらいはな」
「そ、っか、」
普段は白衣だから、濃紺のスーツ、びしっと着こなしているのは新鮮で、かっこいい。曲がったネクタイを直す仕草になんだかどきどきした。視線に気づいたクラトスがにやと笑う。
「なんだ、見惚れたか」
「っ!ち、ちが、そんなんじゃねえよ!」
「そうか」
一ミリも信じてないあいづち、俺が睨みつけるとクラトスはひどく楽しそうに、俺の手から手紙をひょいと掠めた。それから、研究机の花束をそっと持ち上げて俺を振り向いた。
「卒業祝いだ。・・・おめでとう」
「あ、ありがとう」
「式の間、まさか寝たりしなかっただろうな?」
「う・・校長の話がつまんねえのが悪いんだよ」
言いながら、渡された桃色の花束を受け取るとふんわり、甘い匂いがする。名前も知らない花だけど、クラトスが俺にくれた、それだけで俺はたまらなくこの花が好きになった。(・・・・単純だなんて、自分が一番わかってる)
もう一度お礼を言うとクラトスは嬉しそうにうなずいた。そしてそれから、手紙を改めて差し出した。
「これは個人的な物だ、私から、――ロイドに」
「っ、」
(初めて、呼んだ、アーヴィングだったのに、昨日まで、さっきまで、でもいま、)
ぽかん、理解の足りない頭、酸素を求めて口が間抜けに開いてしまう。クラトスはわざと真面目な顔をして、なんだ塞いで欲しいのかと聞く。バカ!と声でひっぱたいた。
恐る恐る手にとって、花束を小脇にかかえて、開封する。封筒の中、手紙はない。けれどよく見ればその底、鈍い光。俺は目を疑った。
まばたきしてもう一度のぞきこんだ封筒の中、やっぱり中身は変わらない。
「・・・・・これ、カギ、」
「ああ、私の家の」
「!・・・い、行って、いいのか?」
「当たり前だろう、恋人の家に行くのにどうして許可がいる?」
「っこ、こい、びと・・・」
卒業したらと約束していただろう、当然のようにクラトスが言う。たしかにそうなんだけど、鍵、とか、渡されると、なんだかやけに現実味を帯びてくるというか。
とまどいながら取り出すと鉄はひやりと冷たい。手のひら、鍵を乗せた部分だけみょうに冷えて気がついた。鍵が冷たいんじゃなくて俺が熱いのだった。
鏡で確かめなくてもわかる、赤い顔、見られたくなくてうつむいた。じわじわ、嬉しいとかどきどきするとか、そういう感情が肌を伝って、頭のてっぺんからつまさきまで、じわじわ、熱い。
クラトスが身を屈めて俺をのぞきこんだ。不意打ちにびっくりすると、眼前、ととのった顔は満足そうにゆるんだ。
「な、なんだよ、」
「嬉しいのか」
「ち、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだ!」
「・・・可愛い奴だな、」
目を細めて笑って、クラトスは俺の手を引いた。なにをと言う前に顎をつかまれてぐいと持ち上げられる。ふわり、唇を重ねてゆっくりと離すと、クラトスは俺を抱き締めた。ぎゅうう、背中に回された腕、離さないとでもいうように力がこもる。押し付けられた胸板、クラトスの匂いに包まれてひどくしあわせだった。
「ずいぶん待ったぞ、ロイド」
「・・・・待たなくてもよかったのに」
「だめだ、」
「生徒に手は出せん、だろ?」
声を低めて真似すると、無言でぎゅうぎゅうと抗議される。痛い痛い、花が折れてしまうと笑いながら抗議すると耳元で、ひそめられた声が言う。
「お前からキスしたら、離してやってもいい」
聞いて、ちょっと笑ってそれから照れて、上履き、背伸びをした。遠く、卒業に騒ぐ生徒の声が聞こえた。
はじめまして恋人
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全国の卒業生さん、卒業おめでとうございます
ところで、クラトスにスーツはだめだと思う。なんつうかもう最強装備すぎて
クラトスーツ、もえます。眼鏡付、なおよし・・・!
あ。あと二話くらいつづきます、たぶん
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