噛み付くようにキスされた。
革張りのシート、恋人は手をついて助手席に身を乗り出したまましばらくそうして、薄く目を細めて笑いながら身を離した。ぺろりと舌が、形のいい唇の端をなぞる。(・・・・・くそ、かっこいい)


「学校でこうゆうことしていいのかよ、クラトスせんせー?」
「二週間ぶりだ、仕方ないだろう」


拗ねた口調に苦笑する。大学の試験でしばらく会えないと言ったときの絶望を貼り付けた顔を思い出した。試験勉強なら私がつききりで見てやるとか言ってたけど、二人きりのときの教師が真面目に教えるわけがないって今までの経験で知っているから無視した。・・・ちょっと泣いてた。


そんなクラトスは久々に会えたのがよっぽど嬉しかったらしく、なんならもう一回するかと楽しげに言う。地下の駐車場は薄暗くて人気もないし、見通しもわるいけど、誰かに見られたら恋人が困るから首を振った。ちょっと残念そうに運転席に座り直して、クラトスはシートベルトを締めた。


「・・いい子で待っていたか?」
「俺、いつだっていい子だろ」
「それもそうだったな、」


上機嫌、革の鞄を後部座席に放って、試験はどうだったと聞かれた。ぎくり、顔色の変わったのをミラー越しに見たクラトスがにやりと口角を持ち上げる。


「そういえば、追試がひとつでもあれば仕置きだと言ったな」
「っ! ま、まだ、とったって決まったわけじゃねえだろ!」
「どうかな」


馬鹿にしたように目を笑わせてキーを捻る。なんだか肌に伝わる振動にまで笑われたような気がした。






大学に入ってからは週に二度、母校の地下駐車場にもぐりこんで合鍵を回して、音楽でも聴きながら黒いベンツで恋人を待つ。クラトスはいつだって仕事を早く切り上げてやって来る。(早く帰っても大丈夫なのかと一度尋ねたら、親切な生物教師がいてなと言っていた。今度カーフェイ先生に胃薬でも差し入れてやろうと思った。)今日は特に来るのが早くて、そして目が合った瞬間にキスされたもんだから、俺だけじゃなくクラトスも寂しかったんだとわかってちょっとうれしかった。


久々の会話はいつになく弾む。新しい学校でのことを俺が話すとクラトスは機嫌よく、それで? それから? と相づちを打った。数ヶ月前とすっかり変わった生活での二週間は、話題をあふれさせるのには充分すぎる時間だった。


半袖が初夏を運び始めた街並みを行き、車はゆるやかに大通りの信号を左折する。今日はどこに行くんだと聞いたら、近くの博物館で鉱物展をやっているのだそうだ。俺がその方面に興味のあるのを、クラトスは覚えていたらしい。そんな話をしていたらふと思い出して、俺は話題を振った。


「そういえばこの前さ、たまに講義で一緒になるやつがいて、あ、ゼロスっていうんだけど、そいつのピアスを直してやったんだ。赤い石がはめこんであって、すげーキレーでさあ、」
「・・・ほう、」
「それがきっかけで話すようになって、この前一緒にアクセサリ屋に行ったんだ。メンズの、趣味のいい店でさ、麻布の方だからちょっと遠いんだけど、よかったら今度、」


一緒に行かないかと言おうとした口は、うおっと驚きの声に飲まれた。クラトスが急にハンドルを切り、反対車線にUターンしたのだ。シートベルトをつけていたものの、いきなりの方向転換に上体が大きく揺れる。窓に耳を、したたかに打って、恨めしく運転席を見やると運転手はいつになく不穏な空気を漂わせていた。眉間には皺が寄り眼光鋭く、整った口元はきつく引き結ばれている。スピードは先ほどとは比べようもなく上がりひゅんひゅんと青信号すっ飛ばし、もと来た道を走る走る。


乱暴な運転に揺さぶられながら首を回して、スピード落とせと慌てて喚けばちょうど、赤信号、荒々しく車は横断歩道に半分身を乗り出して、止まった。人々はすこし迷惑そうにこっちを見ながら、四車線を渡ってゆく。俺はぐるりと首を回し、運転席をにらんだ。


「クラトス!」


むっつり、クラトスは無言でハンドルを握っている。視線はまっすぐ前を見つめたまま。俺は声を張った。


「無視すんな! 危ないだろ急に飛ばすなよ、つうか、いったいどこに行くつもりだよ!」
「・・・・家に帰る」
「へっ?」


青に変わった。信号待ちのあいだにすこしは気がおさまったのか、今度はゆるやかに加速して、ベンツが走り出す。クラトスは次の角を右に曲がったところでようやく、口を開いた。


「私の前で他の男の名前を、出すな」


低い、唸るような声。ひどく苛立っているのが伝わってくる。おだやかな住宅地を抜けながら、クラトスは言う。


「二人きりで出かけたりすることも、ないように」
「っ! 俺がだれと出かけようが、俺の勝手だろ!」
「お前の勝手だが私が気にするのだ」
「なんだよそれ、大人げねえ、」
「・・・ああそうだ、私は大人げない」


車は大きく曲がり、気がつくとそこは通い慣れたマンションの駐車場だった。二台分並んだ白線の左側、素早く車庫入れしてキーを抜く。エンジン音の急に止まってしんとした瞬間、ぐいとシャツの襟をつかまれた。おどろきに身を前に倒したのを引いて強引に、クラトスはキスをした。目の前は人気ないが歩道で、誰か来たらどうすると、逃げてもしつこく舌が追った。襟つかむ手は頑強だった。シートベルトのなんと、脆くはかない。


しばらくそうして、俺が抵抗を諦めたころにやっと、クラトスは離した。指をやんわりほどいて、それでも、視線は外さない。近い、鳶の瞳に射抜かれそうになった。


「私は大人げないのだ、お前が楽しそうに誰かの話をするだけで苛立ってしまう、誰にも見せたくない今すぐ自分だけのものにしたい、独占欲のつよい自分勝手な男だ。・・・・嫌に、なったか」


目は、まっすぐに俺を見ていたが揺れていた。語尾は、いくらか気弱が混じっていた。(・・・ずるい、)かっこいいのに、俺のことになるとときどきすげー、かっこわるい。強引なくせに、自分勝手なくせに、ふいに弱気を見せたりする。(・・・まじ、ずりぃだろ)そんな顔をされたら俺は許してしまうにきまっているのに。
なにもいわなかった。ただ黙ってその肩によりかかった。(・・・・ちくしょう、好きだ)


けっきょくその目に勝てたことなんて、一度もないんだ。







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そういえばクラトスこれお金持ちすぎるよね、
実家がいいとこなんだということにしといてください。


最近、クラトスあいつほんとだめだなああと言うのが口癖です。
なんつうかほんとに、いろんな意味で罪深い男だなーと思います。