ねえ、聞いていました?


とつぜん差し向けられた話題にきょとんとする。ぼうっとしていて、華やかな話し声はあまり耳には届いていなかった。ごめんなさいとあやまると同級生は苦笑して、メイプルパーラーに行きましょうというお話をしていたのと、もう一度言ってくれた。(ああそういえば、テストが終わったからどこか遊びに行きたいわねというところまでは聞いていましたわ)


どうしたものかしらと思案しているうちにどうやら、わたくしは人数に入れられてしまったようで、しかたないわねと周りに聞こえないようにため息を吐く。こんな風だからきっと、あなたはいくらかおっとりしすぎだわと、言われてしまうのにちがいない。(ほんとうは、いっしょに出かけたいひとがあったのだけれど、)


それじゃ行きましょうかと指定のコートを羽織り、手袋などして帰り支度を済ませ、顔を輝かせる少女たちにあいまいにうなずいて、カシミヤのマフラーを手にとったとき、ふと、背後のドアがガラリと開いた。ふりむけば亜麻色のうつくしい少女が凛と立っている。あ、と思わず声がこぼれた。すると目線が合って、少女のすこしきびしかった目元がふっと、やさしくなった。とくんと、胸がはずむ。

「ナタリア、」

呼ぶ声は冬なのに春の日差しのようにあたたかかった。シロップのような甘さを含んだ視線が、自分に向けられているのだとおもうと、とろけそうになるほどにうれしかった。


「・・・ティア」


長い亜麻色がさらりと揺れる。かろやかに歩みよった彼女はふわりとわたくしの手をひろった。そうしてわたくしのクラスメイトに微笑んでこういうのだ、


「ごめんなさいね、先約だから」


学園一の美少女と名高い彼女に微笑まれ、言いかえせるほど気丈な少女はそういなかった。数人は頬を赤らめ、数人は口元を引き結んでいる。(先約だなんて、嘘なのだけれど、)無言のクラスメイトに軽く会釈し、ティアはわたくしの手を引いた。力はすこしつよく、離す気はないとでも言いたげだった。






「わたし以外のひとと出かけるの、いやだわ」

人気のない下駄箱で、わたくしの首にそっとマフラーを巻きながらティアは言った。何の話か一瞬わからず、すこし考える。それから、ああと気がついて、


「ごめんなさい、そんな風に思っているって、知らなくて」
「・・・・あやまらなくてもいいの、これから気をつけてくれたら」
「わかりましたわ」


答えるとティアはうっとりとした笑みを浮かべ、宝物にふれるようにわたくしの頬を撫ぜた。いつくしむような指先に目を細める。のこしてきた少女たちへのわずかな罪悪感などつゆと消え、わたくしの視界にはもう彼女しかいなかった。


「さあ、今日はどこにいきましょうか」


(うつくしいあなたとふたり、手をつないで)