氷枕を作ろうとすれば、タオルに直に氷を包み、薬を探せば、棚の中が嵐の過ぎ去ったあとになり、瞬く間に家は哀愁を帯びだした。さすがに、卵を全滅させたところで止めた。
ソファの横、申し訳なさそうにしゅんと肩を落として、クラトスは床に座っていた。熱にぶれる視界で、薄い手のひらサイズの本、ぺらぺらと、俺をあおいでいる。前髪を揺らす風が気持ちよかった。
「すまぬ、これくらいしか、できずに」
「ん、いいって、・・・クラトスは、そばにいてくれればそれで」
ガラガラの声、喉を擦りながら言うと、クラトスはぽつりとつぶやいた。
「風邪引きの世話などまともにしたことがなくてな」
え、と思わず声が出た。記憶の片隅、なにか、ひっかかる。クラトスは微笑しながら、俺の頭を数度撫ぜた。大きな、がっしりとした手のひら、ぶれた視界はもはや熱のせいか、それともいつか見た光景なのか、よくわからない。
「・・・むかし、こんな風に、・・世話、してくれた?」
「! ・・・・覚えているのか?」
こんなにおどろいた顔は久々に見た。うすく笑うと、返事はしなくていいからと前置いて、クラトスは話し始めた。
「北の街を訪れたとき、お前が風邪を引いてな。まだ小さくて、弱々しくて、今みたいに顔を真っ赤にして、ひどい咳をしていた」
アンナはちょうど、いなくてな、と苦笑するクラトスの顔は父のそれで、たぶん、そのときも必死で看病してくれたんだろうなというのが伝わってきた。ぽつりぽつりと、話は進む。
「病院に行くにも吹雪がひどかった。お前を一人宿に置いていくわけにもいかなかった。薬はないし、お前はつらそうだし、本音を言えば、父親のくせに私が泣いてしまいそうだった」
濡れたタオルの載せられたおでこ、そっとなぞって、ここに、窓から雪をすくって置いたら、すぐに溶けて枕がひどいことになったとクラトスは笑う。
「けっきょく大したこともしてやれず、すまぬ、すまぬと言ってずっと、アンナを待ちながらお前を抱いていた。お前は最初のうちは痛みに泣いていたが、あるいは私の気が通じたのかもしれぬ、しばらくすると小さな、小さな手を私の首に回してだまって目をつむって、大人しくしていた」
だが。一度言葉を切って、父さんは言った。
「・・・大きくなった、ものだなあ、」
「(父さんの看病のレベルは、ちっとも上がってないけどな)」
内心で笑いながら、俺は、神経をすこしばかり頑張らせて手を伸ばした。気づいたクラトスはそれをにぎった。ひんやりとした指先が心地いい。
「クラ、ト・・ス、」
「なんだ、ロイド」
「・・・ぎゅ、って」
それだけで伝わったらしかった。膝立ち、身を乗り出しクラトスは俺を毛布ごと抱いた。うつったらごめん、ぼそぼそ言ったら子どもの風邪をもらうのは親の役目だからとクラトスは言った。やわやわと腕を回した背中はひどく大きかった。
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