つゆどきコイゴコロ








鬱陶しい、

はねた毛先を手で払うと、微かに湿っていた。この季節はこれだから嫌いだ。寝癖はひどくなるしやたらと蒸し暑いしろくなことがない。洗濯物に困るのも典型的な被害の一例だった。

両手で抱え込んだ洗濯カゴを持ち直して、陰鬱な気持ちで廊下を行く。身体でドアを押してリビングに戻ると、アステルが起きていた。起きぬけなのか、イスに座って足をぷらぷらさせながら、すこしぽやんとした目でこっちを見る。

「おはよ、」
「・・・おまえ、おはようは起きてから言う台詞だぞ。寝ぼすけ」
「んん・・・起きてる、よ・・昨日も夜遅かったから・・・・」
「ああ、そういえばずいぶん遅くに帰って来たな。何か難航しているのか?」
「うん、ちょっとね、実験がなかなか上手く行かなくて。でも今日はとりあえず休むつもりだから」
「そうか」

カゴを窓際に置いて、ぽんと頭を撫でる。無理するなよと言えば、アステルはくすぐったそうに笑ってから手を伸ばして俺の腰に抱きついた。

「なんだ、急に」
「んー・・・・ここのとこ、あんまり構ってあげなかったから、リヒターが拗ねてるかな、って」
「馬鹿、誰が拗ねるか」
「はは、我慢しちゃって、」
「してない。おまえ、寝足りないんじゃないか?」

ちゃんと寝たもーんと、わざと冗談めかして、アステルは言う。研究に没頭して無理しがちなのを俺が心配するから、こいつがたまの休みにこうやって甘えて見せるのはよくあることだった。(べ、べつに、それを可愛いなんて、思っているわけじゃないが!俺は、ただ、同居人として、善意で甘えさせてやってるだけだ、)

俺が無抵抗なのに気を良くしたのか、抱きつく手にぎゅううと力が加わる。細身のこいつの腕力なんて大したことはないが、そろそろ洗濯を干さないとという意識が働いて、それを外そうとすると、なおさら強い力で抱き締めてくる。

「こら、いいかげんに、」
「やーだー」
「・・・朝飯、作ってやらないぞ?」
「う・・」

ようやく離すかと思ったら、アステルはいきなり、頭でぐいと俺を押した。突然のことで足がもつれ、背中から床に押し倒される。フローリングの床は身体に優しくない。したたかに腰を打ち、鈍い痛みが走った。

人を暴行しておいてのんきに俺の上でくつろいでいる男の前髪をつかんでぎゅっと顔を上げさせる。

「この馬鹿!いきなり何するんだ痛かっただろうが!」
「えー、だって、リヒターが冷たいからさ?」
「おまえな、俺がぎっくり腰にでもなったら、一番困るのはおまえだぞ?俺がいなくてきちんと生活できるのか、研究ばかりで生活能力ゼロのお前に。料理も作ってやれないし風呂も入れてやれないし掃除も洗濯も、・・・そうだ俺は洗濯を干すところだった!ほら、いい加減どくんだ、アステル、」
「む・・・・こうなったら意地でもどかない」
「アースーテール!」

呼んでも叩いても、アステルはぎゅうううと俺の胸にへばりついて離れない。(こいつ本当に研究所で優秀なんて言われてる研究者なのか?)

「・・・アステル、」
「もう、ちょっとだけ」
「アステル?どうした、」

シャツの隙間から触れる琥珀色の髪がくすぐったい。身じろぐと、アステルがくすくすと笑う。ため息がもれた。

「そろそろ本気でどいてくれないか」
「んん、やだ」
「今日は曇りなんだ、明日は雨なんだ、明後日も雨なんだ。俺の言いたいこと、わかるな?」
「わかんない」

そう言って、俺の鎖骨に唇を押し当てる。とんだ駄々っ子だ。パジャマの裾を引っ張っても離れやしない。それどころかぺろりと首を舐めたりするものだから、だんだん違う感情が芽生えてくる。(ああもうこうなったらどうにでもなれ)

「おい、」
「んー?」
「いい加減にしないと、」
「『いい加減にしないと』なに?」
「この場で襲う」

ぐらり。返事も聞かぬ間に押し倒してやる。頭を軽く打ったらしく、アステルが非難めいた目線を向けた。

「形勢逆転、だな」
「もう、なんだよ。さっきまで全然やる気なかったくせに、」

文句も無視してパジャマのボタンに手をかける。アステルは不満そうにそっぽ向いた。

「洗濯もの、干すんじゃなかったの」
「もういい。おまえが悪いんだから、服がなくても文句言うなよ」
「僕が裸だったら、いちばん困るのはリヒターのくせにィ」
「煩い黙れ」

遮るように塞いだ唇は、それでも嬉しそうにさえずった。





(・・・・ああ駄目だ、完璧にほだされている)









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タイトルはなんとなくかわいいかんじを目指してみた!(結果、玉砕)
アステルは生活力がないといいと思います
(ところで勝手に書いたけどアステルとかエミルとかの髪は琥珀色でいいのかな)