リナリアの微笑









もういいのと、きけば少女はうなずいた。長く伸びた髪がふわりと揺れる。風の吹き抜ける屋上で、亡き人に捧げられた花びらが舞った。少女と、その妹に似たうす淡い桃色の、光を受けて春を呼ぶように。


プレセアは目を伏せる。睫毛はながく、眼差しは最後に見たときより大人びていた。うすくひらいた唇。


「・・すみません、付き合わせてしまって」
「あ、ううん、いいんだ、気にしないでよ」
「では、行きましょうか」
「うん」


墓標を背に歩き出せば、控えめに届く指先。すこしばかり緊張しながらその手を取った。ちらりと目をやると、プレセアは微笑む。僕は恥ずかしくなってふいと前を向いた。


「・・・・そこ、段差、気をつけてね」
「はい、ありがとう」


数年のあいだに、ちょっとだけ、縮まった距離。にぎりしめると体温の低い手は落ち着いて、それでもやはりこそばゆかった。


美しくしつらえられた庭園を抜けて、エレベータのボタンを空いた手で押す。ほどなくして扉が開いた。繋いでいた手を離してボタンを押したまま、もう片方の手でどうぞとゆずる。プレセアは会釈して乗った。


オフィスらしく、エレベータはやはりいささか肌寒い。僕が小さく震えたのに気づいたのか、プレセアがまた、僕の手を取った。鼓動がひとつ、跳ねる。絡められた長くて細い、少女の指。


「ぷ、プレセア、どうかしたの?めずらしいよね、」
「・・・なんだか、落ち着かなくて」


密室にひびく声は、時を経て大人のそれに近づいているはずなのにやけに幼かった。


「ジーニアス、わたしは、」


動く箱からはかすかな振動。それなのに、こころのどこかが揺れていた。指先からは、つたわる不安。思わず振り向くと、少女は出会ったころのように、どこか、虚ろなひとみでいう。


「たまに、時が止まったままだったらって、おもうんです」
「・・・え、」


時間の流れ出したのを、かつてはあんなに喜んでいたのにと、おどろきに目が見開かれる。なんでと、問う前に少女はぽつりとこぼした。


"だってジーニアスは、ハーフエルフだから"


チンと甲高い音がして、僕はハッと振り返る。ウィィンと、無機質な音を立てるドア。逃げるように僕はぎくしゃくと踏み出した。


「あ、あのっ!リーガルが、ホテルで夕飯ご馳走してくれるって、言ってたよ、」


だからはやく行こうと、上ずった声で言うとプレセアはうっすらとほほえんだ。疲れたような微笑だった。


(・・・・・・・ごめん、ね、)






知恵を振りかざしているくせに、慰めの言葉も知らない無知な僕をどうかゆるして








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リナリアって花があるそうです
ピンクでかわいらしかったので