夜風さえ穏やかな砂浜を、乱さないようにゆっくりとあるく。昼間の焼けるような活気とはうってかわって、月の照らす宵闇は静穏だった。


生まれ育ったこの街の、半日ごとの変貌を、昔愛した少女はそれは楽しそうにみつめていた。大きいばかりの、ただの水溜りのどこがそんなにおもしろいのかと思っていたが、彼女がその潮騒を好きだと言ったからなんだか好きになった。ザザァザザァとやさしい母なる音は、目を瞑ると身体に染み込むように深く響く。深く、しんと、深く。目蓋の内には桃色の少女、はにかんだ純情。


けれどその少女の姿も、もう己の隣にはあらず、遠い昔に海に還ってしまった。


(・・・・或いは、あの恋情の生まれ落ちたことが罪なのかもしれぬ)


初めから、到底認められる関係ではなかった。結局その身分の差は亀裂となり私たちを天と地とに分け、そして生と死の境界を引いた。そうして時の止まった彼女を残して独り生きるという罰だけが私に残され、いまでもその牢獄に囚われつづけている。


意味はないと知っていても、もし彼女と出会っていなければ、自分が愛さなければ、止める声に従っていればと、幾度でも考えてしまう。そうすれば、もしかすれば彼女は、・・・・愚かな考えである。風が慰めるようにふわりと頬を撫ぜた。




潮の香りが回想の海に誘う。


刹那の激情、散った日々をおもうと、古傷の切り裂かれたよう、胸の奥が叫び出しそうになる。思い出すたび、身体中が絶望の悲鳴を上げる。後悔に血が沸き指が震え背筋に伝う。


私にとって残された時間とは、紛れもなく贖罪の時であった。出会った罪を、愛した罪を、ただただ償うための、日々であった。


―――そうでなければならなかった、はずなのに、


自分はなんと醜くなんと愚かしいのだろうと、背筋が震える。


つい、数刻前、たとえ刹那であっても私は、追憶の少女のことを、(実に恐ろしいことに、)忘れて、しまったのだ。


そうして束の間こころを占めていたのは可愛らしさの片鱗も見られぬ荒野で育ったような少年なのだから、よけいに手ひどく打ちのめされた。


(馬鹿馬鹿しい、あってはならぬことだ、そんな、そのような、)


かぶりを振る、少年を、追い出すように。不幸なことに効果の表れるようすはなかった。


申し訳なさにうつむくと、足元にはいくつかの足跡があった。考えれば当然である、砂浜である。歩いた分だけ意固地に残ったそれを振り返って、ふと、安心が身をつつんだ。


少女の幻影は、私の罰は、このあしあとのように、消えることはない。私はこれからも、彼女への罪を背負って生きていくのだ、ずっと。


そうして、不変の安堵に私が身を任せようとした、まさにそのときであった。


突如押し寄せたうねり、荒々しく静寂を破り、足を侵略し砂の強奪を謀りそして、跡形もなく、消えた。


そうして去ったのは、波だけではなかった。


覆い被さられたいくつかの足跡、濡れた砂へと虚しく帰され、そして、その瞬間私の頭にあったのは、ロイドのことだけであった。


ああ、と、絶望のため息がこぼれる。


おなじ罪をいくつ繰り返せば私は気がつくのだろうと、おもうと両手の錠がずしりと重みを増す。手元の鎖がシャンと鳴った。安らかな海の鳴き声を一瞬だけ掻き消した、戒めの音であった。






(私は一生この罪をつぐなって生きたいのに、)












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タイトル、内容は「B/u/s/y」の「鯨」から