本編より数年後のお話です





(見上げたきみは夕飯抜きだぞと、にらんだ)




時間どおりに帰るって、言ったのに。だから、会いに行くのもゆるしたのに。わざわざ他の男のところに自分の恋人取り返しに行く僕の身にもなってほしい。(もう、どう見たって構図がまぬけすぎるじゃないか、)ああ自分だって男のくせにまったく、あいかわらず男心ってものが欠片もわかっていないんだから。


磨かれた大理石を歩きながら、いくらか顔見知りのメイドに気づいて会釈する。床にひざまずいて柱の装飾を熱心に拭いていた彼女は手を止めて振り返ると、控えめにほほえんだ。わざわざ苦笑の上にやさしさを塗布してくれるやさしさが染みる。同時に僕の登城の理由が知れていることもかいま見えて複雑な心持ちになる。曖昧にわらって、僕は通路の端を行った。旅に疲れて擦り切れた靴で光る道の真ん中を行くのはわるかった。


仮にも一ギルドの首領という立場であるから、そう頻繁に王城を訪れるわけではない。けれど数年に渡って出入りしていればそれなりに馴染みもできるもので、幼い頃はおっかなびっくり進んだ城内を、いまは落ち着いて進む。廊下を巡回する兵士は一瞥を投げかけたけれど僕の顔を見るとうなずいて通りすぎた。


階段を上がると奥の扉が折よくひらいた。黒髪を翻しながらおどり出た姿を遠巻きにみて、自然と足がはやくなる。見送るようにドアを支えながら、顔をのぞかせたその幼馴染を目線で牽制しながら、端も中央も気にせずザカザカと革靴で。


ぽつぽつと会話は勝手に耳に飛び込む。わずらわしい、ああまた、そんな風に笑わないでよ、(きみの笑顔の魔力はだれより僕が知ってるんだ)


きれいなきれいな僕の恋人、九つも年上。幼馴染は同い年。幼いころは見上げるのでせいいっぱいで、ふたりの間に入りこめないのに苛立ってばかりいた。


けれどそれでも追いつきたくて、背伸びをして、ときどき転んでまたあるきだした。歩幅は小さくても進んで行った。もう、なにもできない子どもじゃない。割り込めなければ横から掻っ攫ってやればいい。


足ははやる、大理石をすべるように。けれど乱暴に名など呼んだりはしない、見え透いた嫉妬なんてもうみせてやりはしない。(僕だってすこしは追いついたんだ、)


カツカツとゆけばふたりは僕に気がついた。フレンが微笑する。そうして、


「それじゃユーリ、」


元気でと、伸ばされた手の触れるまえにその肩を、奪った。動作はあくまでスマートに、流れるようにやわらかく、


「ごめん、これ、」


抱き寄せる、驚きに力の抜けた身体はいともたやすく腕に収まった。


「僕のだから、」


目線は恋敵から一時も外してやらない、そうしてそのまま、


「勝手にさわらないでね」


言葉とともに口付けてやれば長きにわたるこの嫉妬の、焼け切るような、音がした。


よし決まった!と、思った瞬間はたかれた、痛い、うれしい。このヘンタイと詰られる。(言っておくけど僕は変態さんじゃない、ただユーリがくれる全部が愛おしいだけなんだ)いたいよと言いながら抱いた恋人を見下ろせば、その顔は真っ赤だった。僕たちはきっとバカップルというやつなんだろう、僕はばかでユーリもばかだからまあしかたがない。フレンはぽかんと口を開けていた。まぬけな顔だった。見せ付けてやろうともいちど身をかがめると、頬をしたたかにはたかれた。ああ恋人の愛が痛い。













とろけるくらい、






きみを愛してる!