ギャァアと断末魔が響くのも気にせず、アタシは斬り捨てた長剣が血を払うのを見ていた。ドサリ、土埃を立てながら大きなベアは地にくず折れる。重い音は森の木々に反響してやがて消えた。とっさに庇われなければ頭から噛み付かれていたにちがいない、すぐそば、足元、血に濁った牙はそれでも鋭く光っていた。 「・・・すみません、リヒターさま」 「どうして謝る」 「ぼうっとしてたせいで、アタシ、後ろに気づかなくて、」 「構わない、次からは気をつけろ」 短く言って、リヒターさまはまた歩き出してしまった。不甲斐なさに胸のあたりがぎゅうぎゅうする。手をぎゅっと握りしめて、木々の間を行く背中を追った。 リヒターさまを守る、そのためだけにアタシはいるのに、逆に庇われているんじゃ何の意味もない。 (だいたい、くだらない考えごとなんてしてたのがいけないんだ・・・) そう思うと肩によけいにずしりと重みがかかるようで、浮いているのに海の底まで沈んでしまいそうな、そんな気がした。 リヒターさまは、アステルさまのために生きている。本当にその人のために一生懸命で、たまに、となりにいるアタシの存在を忘れていることだってある。 あんまり羨ましくて、妬ましくて、何度も、アタシがアステルさまの代わりになれたらいいのにって考えた。どうしてアタシは、あの人の特別になれないんだろうとおもった。 (・・・・アタシは人間じゃないから?髪だってやわらかいお日さまの色じゃないから?それとも、) そんなことを考えていたらうしろから魔物に飛び掛られてリヒターさまに庇われていた。情けないはなし。 しばらく森を行くと、日が暮れたのをみてリヒターさまは歩みを止めた。大きな木の下に荷を置いて、今日はここで野宿にするぞと言った。うなずいて、いつものように薪を集めた。 火を点けて自分の分の食事をつくると、リヒターさまは林檎を差し出した。となりに座って、それを受け取る。お礼を言って、カプリとかじりついた。 センチュリオンに食べものは必要ないのに、リヒターさまは食事のたびにアタシになにかしらフルーツをよこす。ひとりで食べるより、だれかと食べた方がうまいのだと言っていた。気遣いはうれしかったけれど、ひょっとしたらそれもアステルさまの受け売りなのかもしれなかった。そう思うと、すこし、もやもやする。 食事を終えたリヒターさまが振り返った。 「アクア、」 「はい、」 「今日はもういい、寝ておけ」 「あ、は、ハイ・・」 そう言われたから、もうごちゃごちゃと考えるのはやめた。身体を丸めてマナの流れに身をあずける。意識が揺らいできた頃ふと、リヒターさまがアタシを呼んだ。パチリと目をあけると、リヒターさまは焚き火に視線を落としたまま、ぽつりと言った。 「・・・いつもありがとう、おやすみ」 ザワリと、身をつつむマナがふるえた。水場が近いわけでもないのにキラキラと輝いていて、あったかくて、本当は水のひやりとした冷たさの方が好きなのに心地よかった。 ホントはわかっていた、人間とかそういうことは関係ない、あの人じゃなきゃ、リヒターさまには意味がないんだってことくらい。他の誰も、代わりにはなれないってことくらい。ただアタシはすこしでいいからアタシを見て欲しかっただけだ。(そばにいるのを許容してほしかっただけなんだ、)こんな我儘なアタシにもやさしいことばをくれるリヒターさま、好きだ、水よりも海よりも、なによりも、すきだ。 (ごめんなさいリヒターさま、寝ておけっていわれたのにアタシ、うれしくて、眠れそうにないんです、明日、寝坊しちゃったらごめんなさい、ごめんなさい) |