やさしきエリタ、屠る
    ※流血表現注意


どくり、

破れた手袋の隙間、染みる温度に戦慄した。・・・あたたかい。彼はゆっくりと目線を下げて足元の、ついさっきまで『生きもの』だった物体を見下ろした。
指先を伝う滴は明確な体温で、ようやく彼は、目の前の少女を手にかけた事実を思い出した。込み上げてくる息苦しさにむせかえるような気持ち悪さに吐きそうになって、慌てて口を覆って顔を背けた。

(・・・・殺した、俺、おれが、ころした、のか、―――ああ、)

古びた木の床、じわ、じわり、染みてゆく鮮血。ソルムの力で扮した男の色によく似ていたけれど、かすかに暗い色を帯びていた。人の業を混ぜた色なのかもしれないと彼はぼんやり思う。(だとしたら、俺の、か、)


彼にとって、屠ることは茶飯事であった。

いつからそうだったのかは覚えていないし、ずっとそうだったような気もする。そうしていつのまにか、両の掌は血に染まっていた。

時折、ふと、人のこころの蘇る瞬間がある。 何故と、疑問の浮かぶときがある。何故殺すのか、何故奪うのか、考えて、背筋のうすら寒くなることがある。

しかしその時間も日を重ねるごとに少なくなっていた。思考するたび、彼はいつだって同じ結論に回帰するからだった。

"アリスちゃん"

彼女が言った、だから、そうした。それだけのことだった。

従えば厭われないと思った。黙って言われたとおりにしていれば、傍にいる理由ができると思った。そのためなら、どんなに罪深いことだってした。人に罪を押し付けることも平気でしたし、吐き気を催しながら、意味もない殺戮だって繰り返した。


指先は冷えてゆく。人の血の温度はすぐに物の冷たさに変わってしまった。

(・・・いい、のか?このまま、で、)

身体の内の人間が、しばらくぶりに顔を出す。先ほど屠ったのは年端も行かぬ少女であった。肩口で切り揃えた髪はどこか彼女に似ていたと、終わった後で気がついた。その毛先も今は深紅に濡れ。

薄暗い小屋、荒々しく破ったドアの向こうには光が開けている。しかしその先にあるのは紛れもない暗闇の道だった。ここで立ち止まれば、或いは、人の道にもどることができた。そして、進んでしまえば二度とは戻れないであろう確信があった。


デクスは迷っていた。目の前には明るい闇、立ち止まれば、暗い光。思考は逡巡する。しかし葛藤は打ち破られた。ああ、呼ぶ声がきこえる、

(―――いまいくよ、アリスちゃん)

境界を踏み越える。眩い悪に、彼は足を踏み出した

そうして彼は、人のこころも、殺した