(注:現代パラレル)


ひょこり、エミルはドアをすこしだけ開け部屋をのぞきこみました。本当は、風邪が移ってしまいますから今日はだめですよとテネブラエに言われていたのですが、それでも、弟が心配だったのです。

室内はクーラーでちょっとだけ涼しくて、半袖のエミルの腕をひやりと撫でました。ふるり、くせっけをふるわせながらエミルはそっと、足を踏み入れます。ラタトスクは壁際の自分のベッドで眠っていました。昼に飲んだというお薬が効いたのでしょう、寝顔は思っていたよりずうっと安らかでした。健やかな寝顔に安心して、エミルは手にしていたビニール袋をきゅっと握りしめました。中にはまつぼっくりやキレイな小石、いっしょうけんめい作った、押し花が入っていました。


ずうっと楽しみにしていた遠足の日でした。

お弁当にはこれを入れてってテネブラエに頼もう、自由時間にはなにをして遊ぼう、バスではどっちが窓際に座る、そんなことを毎晩お風呂で話し、待ちわびた遠足の日でした。朝いつもより早く目覚め、ラタトスクを揺すり起こしたとき、エミルは気がついたのです。赤い顔、ぜえはあひゅうひゅうと、ラタトスクは荒い息をしていました。耳を口元によせて話を聞けば、夜、明日が楽しみでよく眠れなかったのだと弟は小さな声で言いました。

そうしてバタバタとテネブラエがやってきて、今日は行ってはいけませんとラタトスクに言い渡し、着替えようとするのをエミルが半泣きで止め兄一人、バスに乗って隣町の丘に、行ってきたのでした。

遠足は楽しいものでした。クラスの人気者のマルタが気をつかってバスの中ではとなりに座り、きゃっきゃと話をしてくれましたし、見晴らしのいい丘ではアリスがお弁当のエビフライと、テネブラエに作ってもらったうさぎさんりんごを交換してくれ、午後のハンカチ落としではエミルはデクスに気づかれないまま背中にさわることができました。

けれどやっぱり、こころの底からは楽しめませんでした。どこにいてもなにをしていても、弟の姿を探してつい、きょろきょろとしてしまいます。


ようやく落ちついたのは家に帰ってきて、弟の寝顔を見た今でした。

リュックサックを置いて、お土産の入ったビニール袋もそっと置いて、ベッドの横に膝をついて、エミルは眠るラタトスクを眺めます。双子、同じ顔で、鏡を見てもなんとも思わないのに、弟を見るたびやさしい気持ちになるのは、不思議だなあとエミルは思いました。

起きたらせめて、遠足のお土産話をたくさんしてあげようと思いました。なにから話そうかな、考えて、エミルはふと、考えつきました。

(そうだ、明日、明日もういっかい遠足に行こう)

それはひどく素敵な思いつきにおもえました。今度はふたりで、あの丘に行くのです。道はすこし自信がないけれど、となりの町だからきっと、大丈夫だと思いました。目が覚めたらラタトスクは、ば、ばかじゃねえのか、そんなのひとりでいけよと、怒った顔で言うでしょう。けれどそれがうれしさの裏返しだということを、だれよりもよく知っているのはエミルでした。

いまだ目覚めない弟をみて、エミルはふふ、と笑いました。


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以前出した遠足本エミラタの前ふりになります