アスベルがヤンデレ。若干グロ注意

堅苦しい襟を指で引いて、ようやくすこしは楽になる。バルコニーは夜風がとおり心地よかった。パーティというものには何度出ても慣れない。ふとした所作さえ見咎めて笑いものにする貴族という人種が、俺には合わないのだと思う。

振り返ると分厚いガラスの向こう、金色の照明に照らされてとおく、リチャードが微笑んでいる。年若い婦人に囲まれているようだった。反吐。

一国の王に懸想するというのはなかなか、根気がいる。近寄る貴族を脳内で裂き、華のように笑う令嬢の顔を歪めるだけで我慢しなければならない。本当はそうしてしまいたい右手を、歯を食いしばって柄に縛り付けなければならない。

ただただ王に近づく人間への、王という地位への狂気が募る。(首を刎ねてしまいたい、寄るな、見るな、認識することさえ許せない。お前たちなど所詮、リチャードを王としてしか見ていないくせに)

王を国から奪う事は許されない。俺がリチャードを所有することは許されない。ならこの激情を如何したらいい。

俺は理解する。

そうだリチャードを王でなくせばいい、あいつもそれを望んでいたのだから。王でなくなるには如何したらいい。考えろ、考えろ…ああ、なんだ簡単なことじゃないか。

俺の視線に気づいたリチャードが周りに気づかれぬよう目だけで微笑んだ。俺は笑みをつくり手を振って、ガラスのドアに、手をかけた。

* * *

わずかばかりの段差に足がびくついた。つないでいた手を離して、その脇の下に腕を差し込む。先より距離の縮んだことに、リチャードは短く息を吐いて、すこし安心したようだった。背に回した手でぽんとたたいてやる。

「ほら、支えていてやるから、大丈夫だよ」
「ああ…ありがとう、アスベル」

覚束ない指が俺の肩を握る。かすか、震えているのが可笑しかった。廊下を行けば、労わるように使用人たちが先王を見つめる。けれどリチャードに最早その視線はとどかない。ただ俺だけが、今のリチャードの世界すべてである。優越に浸って俺は、彼らの視線に混じる疑問をかわりに口にしてやる。

「本当に、誰だったんだろうな、夜襲だなんて、」
「…デール公が必死に捜索していると聞くが…見つからないだろうね、侵入の痕跡が、一切ないのだから」
「悔しいよ、俺も城を空けるべきじゃなかった、そばにいたらお前を守ってやれたのに、」
「いいや、こうして歩いてくれるだけで、僕にはそれが嬉しいよ、アスベル」
「…大丈夫だよ、リチャード。俺は、…俺だけはずっと、お前のそばにいるからな」

ありがとう、包帯を巻かれた目でも涙は流れるのだろうか、潤んだ声でリチャードは言った。俺はゆっくりと、微笑んだ。

「当たり前だろう、俺たち、友だちじゃないか」

そうして、俺に絶対の信頼を寄せる男はその両の目を抉ったのが俺だということを、一生、しらない。


(2010.0206)