純白、翻しながら坂道を駆けた。登る坂道、すこしずつ昇り行く朝陽とともに、きらきらと。はやる鼓動を抑えきれない、朝鐘の刻よりもずいぶんとはやく目が覚めて、たまらなくってわたわたと靴に足を通して宿屋から、一直線に、あの日の場所へ。

「そろそろウィンドルの花の咲く季節ね」数日前にたまたまシェリアに暦を知らされてよかった、日ごろ出歩くことが多くて日付の感覚などなくなっていたからすっかり、忘れていた。

城内の噂がやかましくなった頃からぷつりと、毎年の花置きは来なくなった。おそらく夜に外出することがめったにできなくなったのだろう。俺は内心落胆していたがめそめそと手紙など送るのもなんだか癪で、というより、王子の身が心配で、そんな思いを振り払うようにただ剣を振るっていた。稽古をすることがあいつを守ることにつながる、一番の早道なのだと言い聞かせていた。

そうしてそれから数年後、俺たちは暗い地下路で再会して、いっとき旅をして、別れて、そうしてまた友情をつないだ。あの日の再会、七年目から、三年目の今日。つまり俺たちが出会って十年目の、今日。

数字だとかを覚えるのは苦手で、シェリアの誕生日だって何度も忘れて怒られた。(今はもちろんちゃんと、覚えている。…一応、名誉のため)けれど何度もあいつが俺に花を置きに来たから、頭のわるい俺でも覚えてしまった。

ぴたり、草原の途中に足が止まる。

登り切った先にあいつは、いるだろうか。乱れた息に春先の風がすこし冷たい。躊躇する俺を笑うようにひゅうと吹く。けれど迷いは一瞬だった。

(あいつは俺よりずうっと賢いし、律儀だし、それにきっと――)

地面を蹴る。いつかの日のように鐘が鳴り響いた。視界が坂を登り切って花々の目覚め、ウィンドルの金色にきらめいた。

「――あ、」

やわらかな朝陽に金色を揺らして、あいつが、振り返った。

ふわり、ふんわりとくちびる、持ち上げて男は微笑する。白いレースをはためかせて、ゆっくりと手を振った。俺はただただたまらなくなって、だん、だん、と大地を蹴って、そうしていつのまにか、同じ目線になったその人に、飛び込んだ。いたいよ、笑いを含んだ声がすぐそばでする、しあわせだ、俺はばかでむずかしい言葉であらわすことなんかできないけれど、ひたすらまっすぐに、しあわせだと思う、腕の中の体温も、匂いも、笑い声も。抱きしめてああだとかううだとか、声にならない幸せが口からこぼれる。背中にしっかりと手のまわされるのがわかった。

「…アスベル、来てくれると、思っていたよ」
「…ありがとうな」
「え?」
「信じてくれて、ありがとう。待っていてくれて、ありがとう、…リチャード」

本当は今日まで何度も俺は、おまえを疑ってしまったんだ。嗚咽だけでは止まらない、涙がこぼれた、俺以外のだれかを頼ったときも、俺と道を分かったときも、友情をとりもどしてからもこころのどこかで、俺から離れてしまうんじゃないかと心配していた。おびえていた。おれはリチャードがまたいなくなってしまうのが、ひどく、こわかったのだ。けれどそれは、今までのはなしだ。

(今日からは、今からはきっとリチャード、お前の全部を、信じるよ)

リチャードもいくらか泣いているようだった。頬にあたたかなものが触れる。俺たちはこれからきっと、手をつないで、あるいてゆける。


十年目、うつくしい朝の、再会を祝って

(俺たちはいつだってこの風で、ひかりで、こころで、つながっている)


(2010.0326)