(ホラーです。アスベルが病んでいます。リチャードに奥さんがいます)
(読後感もわるいです。本当に注意してください)



その報せがラントに届いたのは春先のことであった。ちょうど長かった冬の溶けるのと時をおなじくして知らされた明るいたよりにウィンドル全土は喜びに包まれた。

アスベルはシェリアからその話を聞いて、ひとつうなずいたのち領主として祝詞をしたため使いに持たせた。使者とともに返ってきた招待状には、たいへんめでたいことであるが王の結婚式には都合により出席できず、代わりの者を送る旨書いてソフィを振り返った。ソフィおまえ、結婚式見たいか。ふたつ返事をしたソフィの頭をやさしく撫で、これを持ってバロニアに行っておいでと招待状と文を持たせた。ついでに職人を呼んで、可愛らしくフリルのあしらわれたドレスも用意してやった。ソフィは荷物になるからと言ったが笑顔で押し付け、見送った。そうしてラントからの献上の品をひとり考えた。

数日のち、リチャードの式から帰って来たソフィはめずらしく口数多く、身振り手振りで初めて見た結婚式の感想を語った。花壇の花に水を遣りながらアスベルはうんうんと相槌を打つ。でもリチャード、なんだか元気がなかったみたい。ぽつりとソフィの言ったのに彼は顔を上げた。うれしくないわけないさ、きっと貴族に挨拶ばかりして疲れていたんだよ。花を撫ぜる手つきはひどくやさしい。ソフィはそうなのかなあと首をかしげた。アスベルが手を払う。さあ、おやつの時間にしよう。その一言に、無垢な少女は目を輝かせた。


しばらくして、リチャードからの手紙が届いた。王としての文書ではなく、個人的な文は別名義で届く。幼い頃にアスベルの勝手に決めたあだ名をいまだ愛用しているのに口元をほころばせながら、アスベルはその封を切った。

アスベルは筆不精だが、リチャードへの返事はまじめに書いた。辞書を片手に机に向かっている姿を目にして、ソフィは目をまんまるにしてみせたものだ。なに書いてるの、アスベル。のぞきこむ少女には笑って、てきとうな行政の話をした。むずかしい話は、ソフィには、よくわからない。興味をなくしたようすで少女は行ってしまった。手元の文には彼に贈られた愛のことばへの感謝がつづられていた。

リチャードはやはり忙しそうにしていたが、手紙のやりとりは不定期につづいた。間隔の長いときには、春に書いた手紙の返事が夏に届くほどであったがアスベルは気にならなかった。リチャードの文字にはいつもかわらず友への親愛があふれていた。アスベルは何度も読み返しては、だいじに引き出しにしまった。一度、机に紅茶をこぼしてしまったメイドにあわや斬りかかってしまいそうになってからは、自室のベッドサイドの引き出しにに鍵をかけてしまうようになった。騒ぎを聞いたシェリアがやってきて、大丈夫なの? 最近顔色がわるいわよアスベルと心配した。近ごろ住民からの陳情が多くてすこし疲れていたんだ、ちょっと休むことにするよとアスベルは弱く微笑んだ。

しばしの休養中に、リチャードから久々に手紙が届いた。その出だしは、妻の体調不良でなかなか時間がとれず、返事が滞ってしまったことを詫びる文から始まっていた。そのあとはいつものように、最近の身辺の出来事やら、アスベルの休養を人づてに聞いて心配する文章がつづいていた。目を通して、アスベルは部屋を出た。廊下ですれちがったソフィが見上げる。アスベル、もう具合はいいの? ああ、いつまでもふさぎ込んでいるわけにもいかないからな。笑って、すこし散歩してくるよと言い残し彼は家を出た。


手紙は、それを境に届かなくなった。

理由は知れない。忙しいのか、それとも何か思うところがあるのか。アスベルにはわからない。すこしばかり悲しいけれどいつか手紙が来た日のために、アスベルは一方的な返事を書いては、引き出しにそっとしまう。 いつしか封筒は引き出しからあふれたが雑然とした部屋で、彼はたいして気にしなかった。


けれどいつまで待っても返事はない。どうして手紙が届かなくなったのだろう。アスベルはとても悲しい。 つらさで胸が張り裂けてしまいそうだ。リチャードはもうアスベルのことなど忘れてしまったのだろうか。アスベルはとても、とてもかなしい。

そうして彼は気がついた。ああ、そうか。だったらじぶんから、会いに行けばいいのだ。アスベルは暫く持っていなかった刀を手に取った。 ソフィ、しばらく空けるけど、心配するなよ。久しぶりに見たアスベルの笑顔にソフィはほっとして、うなずいて見送ってから、なんだか、とても、かなしい気持ちになった。


* * *


数十年後、ラントの外れ、森の奥の朽ち果てた小屋でふたり並んだ遺骨がみつかる。

半ば粉と化した骨は触れれば崩れてしまいそうで、もう男性のものか女性のものかさえ定かではない。ただふたりの手はかたく、かたく結ばれていた。

雨露をしのぐために飛び込んだ旅人はヒャッと悲鳴を上げたが、しげしげと眺めてその手に気づくと、駆け落ちでもしたふたりなのかもしれぬと思い、翌朝土に埋めてやった。不思議なことに、他の骨はすこしばかり崩れたのにもかかわらず、結ばれた手がかけることはなかった。落ちていた立派な剣は墓の横に突き立てて、両手を合わせ旅人は去る。始終を眺めていた鳥もやがて飽いたように飛び立った。それぎりふたりの姿を見た者はいない。


リチャードの手紙のはじまりのことばをつなげると、「ごめん あいしてる」となるのを、知らぬままアスベルは逝った。




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個人的なアスベルイメージの初期
これほんとは手紙が届かなくなった時点でリチャードはもうアスベルの手にかかってるんです
アスベルが会いにいくといったのは、すでに他界しているリチャードにという意味なんです
病んでる話だけど最後まで読んでくれた人本当にありがとう

(2010.0503)