さして興味があるわけではなかった。懐かしい仲間を待ちながらバロニア城の上客室、目に映った窓際の金色になんとなく触れたのがはじまりだ。あの花は南国でも咲きますか? 問いかければヒューバートとともに友を待つリチャードは穏やかに笑いメイドを呼んだ。そうしてその度の大掛かりな魔物の討伐がおわり、帰路につくときにはたっぷり一袋分の種を持たされていた。

今植えれば、秋口には花咲くはずだからね。爽やかに微笑むのが隣国の国王でなければそうですかと愛想でうなずきそれで終わっただろう。なぜあの人はその立場なんだろう。帰りの亀車の中ヒューバートは考えたってどうにもならないことをただただ考えていた。

しかし受け取ってしまったからには性分、むだにするのは気がすまない。たとえこの種を机の引き出しにしまいこんで忘れてしまったってリチャードが何か言うような性質でないのは知っていたが、それでもヒューバートにはゆるせないのだ。

遠路を西、ユ・リベルテに辿り着き数時間の仮眠をとり早朝の会議に出席して不在中の政務に目を通し、それからもう一度寝て夕方、ヒューバートはやおら立ち上がり庭に出た。部屋の窓から見える花壇には半分空きがあった。メイドに尋ねればちょうど次の時期の種を考えていたところだという。毎年色の変わる花壇の礼をいい、ヒューバートはその半分を貸し付けてくれるよう頼んだ。メイドは紙袋いっぱいの見慣れぬ種を目にするとぱちくりおどろいたが、大切にお世話いたしますねとうなずいた。

最初に植えるのだけはメイドに教えてもらい、ヒューバートがひとりでやった。花の世話など初めてだったが思いのほかおもしろかった。ラントの父も健在であった頃は庭仕事が好きだったというから、それを継いだのかもしれない。

腕まくりをしてシャベルで土を掘り起こし、眼鏡を汚しては拭き、汗をぬぐい、また眼鏡を拭き、そうして日の暮れる頃やわらかくなった土壌にようやく種を蒔いた。肥料はいつも良いものを与えてあるそうなので安心だ。一度服を着替えてじょうろで水を遣った。慣れない作業に身体は疲れていたが、ゆるやかに盛り上がった土をながめるとどこか誇らしい気持ちで満たされた。明日がはやく来ればいいのにと、ひさびさに子どもみたいなことを思った。しかし明日がきても当然そんなすぐに芽が出ているわけがなく、ヒューバートはその次の明日を心待ちにしながら水を遣った。

そうして出来得るかぎり自分で世話をした。どうしても面倒をみている余裕のないときだけメイドに託し、それ以外の日は水遣りをした後もひまがあれば庭に出て、生まれ出た小さな双葉に目を細めるようになった。初めは見分けのつかなかった雑草もすぐに区別ができるようになった。春が終わり夏がきてもそのたおやかな葉をいつくしみ撫ぜた。

近頃のヒュー様はなんだかやさしい目をされるようになったわね、そんな噂話も耳に入ったがヒューバートにはそんな自覚はなく、そうだろうかと思う程度だった。ユ・リベルテを燃やす灼熱の夏が過ぎゆく。ウィンドルの花はか細く見えようと丈夫だった。まるでその種を贈ったリチャード国王のようだ、ヒューバートは小指の先ほどの大きさまで育った蕾を指の腹で撫ぜながら思う。たおやかに見えてその実芯が強く、頼っているように見えるが本当は信じて託している。本人は自立していて、意外となにがあっても倒れない。二度の台風を生き延びた図太さなど考えるとやはり似ているなと、ヒューバートは唇をゆるめてしまう。

花が咲いたらきっと呼んでやろうと思っていた。そんな矢先であった。ザヴェートの街でリチャードに会った。マリクへの用事があって立ち寄った際に政府塔ですれちがったのだ。なんということない会話を交わした。そのときの情勢であるとか、この前ソフィが尋ねてきたときの話であるとか、寒い廊下での立ち話であったから、本当に一瞬のことだ。その一瞬のおわり、リチャードは付き人には聞こえぬ声でふとヒューバートに問うた。

「花は南国で、咲いたかい?」

あまりにとうとつなことで、ヒューバートはぱちりとまばたきをする間、なにを言われたのかよくわからなかった。それを理解したのはウィンドル国王一行がエレベータに乗り過ぎ去ったあとのことだ。傍目から見ればぽかんと立ち尽くした自分はさぞや滑稽だっただろう、後になってヒューバートは思う。けれどそのときはあいにく、彼の頭の中にはただひとつのことしかなかった。

(…してやられた!!)

唇をギリと噛み締め、あと一歩で手にしていた書状をぐしゃぐしゃに潰してしまうところであった。先ほどのリチャードのようすが頭を離れない。問いかける飴色の瞳はひどく楽しそうに笑っていた。ヒューバートはようやく気づくのだ。自分ははめられたのだと。はめられた、してやられた、――相手は最悪の確信犯だ。悔しい、悔しい、悔しい。

リチャードはすべてわかっていたのだ。ヒューバートが熱心に花を育てることも、その過程でたびたび贈り主の顔を思い出すことも、そうして咲いたら呼んでやろう、などとのんきに、それまでさほど親しくなかった彼にどう書状をつづるかヒューバートが悩むことも、ぜんぶだ。おそらく咲いたのが花壇の中だけではないこともお見通しだろう。だからあの甘い薔薇のような唇はあれほど蠱惑的にヒューバートにささやいてみせたのだ。

悔しかった。相手の思うまま行動してしまった安易な自分がひどく悔しかった。おかげでお加減でも? フェンデルの兵に声かけられるまでその場で立ち尽くしてしまい見事に風邪を引いた。ウィンドル王の所為だ。ラントに里帰りした際にはラント領民として陳情書を送り付けてやろうと病床で心に決めた。


そうして数週間が過ぎた。ヒューバートはウィンドルの首都に立っている。手には金色にかがやく花束があった。赤いリボンを巻かれた豪奢な花束を道行く人々がちらちらと振り返る中、私服のすそを揺らし悠然とヒューバートはあるいた。

公式の訪問ではなかった。約束もしていなかった。頻繁に訪れるので門番には顔も知れているはずだが、約束がないとなれば門前払いされる可能性もあった。それでもよかった。王城に向かうヒューバートはひどく気分がいい。足取りもかるい。自分が突然やってきたら、花束を差し出しプレゼントですと微笑んだら、彼の想定外の行動をしてみせたら、うつくしい顔はどんな表情を浮かべるのか。それにはとても、興味があった。


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TOGFのアストン様とケリー様のイベント超もえた

(2011.0925)