ツンデレラ
オールキャラ
・マルラタ
・リヒアスリヒ
・デクアリ

みたいな完全パラレルです。そして一年前の文章です
なんでもいいよって人だけどうぞ。

ラタトスクは丘の上の屋敷に住んでいます。
石造りの大きなお屋敷に、義理のお母さんとお姉さんと一緒に住んでいます。(本当は居候ネズミのデクスとアリスも一緒に住んでいるのですが、二人にはひみつです)お父さんのテネブラエも一緒のはずだったのですが、テネブラエは商売のためとなりの国に行ってしまったので、三人で暮らしています。

新しいお母さんのエミル、その連れ子のリヒターと暮らし始めて数年が経ちましたが、未だに家族の仲は円満ではありません。ラタトスクはついつい二人に対してすげない態度をとってしまいましたし、エミルはそんなラタトスクを怖がっているようで、ろくにしゃべることもできません。リヒターに至っては、大好きな研究以外のことはどうでもいいようです。

何度かテネブラエのところに行きたいと手紙を書きましたが、お父さんは仕事が忙しいからと言って許してくれませんでした。こんなぎくしゃくした家庭にひとり残されたラタトスクは、すこし、テネブラエを恨めしく思いました。

そうしてけっきょく今日も、会話のない食卓で晩ご飯を食べます。食事は全員で、というのが家長のテネブラエの方針だったので自然とそれにならっていますが、食堂に団らんの声の響いたことは一度もありませんでした。銀食器のカチャカチャという音は沈黙を強調するようで、ラタトスクはきらいでした。

しかし今日は静寂を打ち破り、めずらしくエミルが声を発しました。震えるような声で名前を呼ばれ、ラタトスクはパスタから顔を上げます。エミルはごくんとつばを呑み込んで、つっかえつっかえ話します。

「こ、ここ、この、スープ、その、あの、(作り方、教えてほしいなんて、言ったら、困らせちゃう、かな・・・!)」

あの、で止まった言葉は行き場をなくし、ラタトスクはなにが言いたいのかわかりません。そしてラタトスクはエミルのはっきりしないところがあまり好きではありませんでした。思わず向かいの席に座るエミルをにらむと、エミルはますます縮こまって、だまりこんでしまいました。うつむいて口に放り込んだオリーブは妙に味気なく感じました。

食事を終えて厨房に食器を運ぶと、今日はなぜかリヒターがついてきました。そして、食器は自分が洗うからと言って強引に、食堂を追い出されてしまいます。そんなあかぎれ放っとけるかとつぶやかれた言葉、その耳にはとどきません。

ラタトスクは釈然としませんでした。家事はラタトスクの仕事です。仕事をとられてしまうとなんだか、家事以外のことのできない自分はこの家にいらない子のように思えてしまいます。

廊下で立ち尽くしていると、デクスとアリスがやってきて、ちょこちょこと足をたたいてご飯を主張します。ラタトスクは二匹を持ち上げて裏の食料庫に行きました。二匹とは、家賃として害虫の駆除をする代わりに、好物のカボチャをやる約束でした。

暗い食料庫で二匹がカボチャをつつくのを見ながら、ラタトスクはため息をつきました。

頭の中をめぐるのはエミルとリヒターのことばかりです。ラタトスクはどうにも、二人にきらわれているような気がしてなりません。いつもツンとした態度をとってしまう自分も悪いのはわかっているのですが、ついつい、繰り返してしまうのです。家の空気が冷たいのは、冬のせいでも、石造りのせいでもないのをラタトスクはよく知っていました。

すると、浮かない顔のラタトスクに気づいたデクスが、二人と喧嘩でもしたのかと聞きました。そんなことじゃないとラタトスクは否定したのですが、デクスはしつこく食い下がります。するとアリスがあきれたように、こいつはあの二人と仲よくしたいんだからほっときなさいよと、デクスに言いました。

わかったような口調にラタトスクはついカッとなって言い返しました。こんな家出て行きたい、あんなやつら大きらいだと吐き捨てるたび、なんだか胸のあたりがちくちくしました。

するとデクスが、だったらいつものカボチャのお礼にこの家を出るチャンスをやるよ、といいました。そうして小さな身体いっぱい大きな声を張り、叫びます。

「アステル!」

食料庫いっぱいにパッと光が走り、気がつくと目の前には白いローブをまとった少年が立っていました。友だちの魔法使いなのだとデクスが言います。紹介されたアステルという少年は、にこりと微笑みました。

デクスはアステルに、ラタトスクをお城に連れて行ってくれとたのみます。今日、お城でマルタ王子のお嫁さんを探す舞踏会が開かれ、貴族の娘が集まることは街のみんなが知っていました。そしてデクスは、王子のお嫁さんになればこの家を出られるというのです。

ラタトスクはそれを聞いて、ちょっと待てそんなもの興味ないとあわてて止めたのですが、それよりアステルが手にしていた杖を振る方が先でした。木の杖はやわらかくしなり、アステルは呪文めいたものを口にしました。

「勇気は夢を叶える魔法!」

杖から伸びた白い光がキラキラと短い尾を残しながらラタトスクの周りを走り、つま先から頭に向かってくるくる回ってゆきます。光は小さい足にガラスの靴を履かせ、細身に白く光るドレスローブを着せて、首元には瞳とおなじ色のリボンを巻きました。日頃の水洗いに荒れた手は上等のシルクの手袋にやわらかく包まれ、ラタトスクはおろおろと自分の格好を見下ろします。

さっきまで何の変哲もない、ふつうの子どもだったラタトスクは、まるで絵本に出てくるお姫さまのように美しくなっていました。

ラタトスクのおどろいているうちにアステルはまた杖を振りました。すると今度はひとつ床に余っていたカボチャが急にむくむくと大きくなり、ツルを伸ばし始めたではありませんか。そうして圧倒されているうちにカボチャはふくらみ大枠の窓が切り取られ、ツルは大きな車輪となって濃い黄色の花をいくつも咲かせ、大きな葉っぱが三段の階段を作り、食料庫にやっと収まる大きさの馬車になってしまいました。

仕上げというようにもう一度アステルが杖を振ると、床に座っていたデクスの身体があれよあれよという間に成長し、四肢を伸ばし美しい毛並みとなり、青い目の立派な白馬になって蹄を何度か鳴かせました。

そうしてラタトスクがアステルは本当に本物の魔法使いなのだと気づいたときにはもう、馬車に乗せられ、食料庫の壁をするりと通り抜けているところでした。横に座り、楽しげに鼻歌をうたうアリスをにらむも時すでにおそく、アステルの走らせる馬車は軽快にお城を目指していました。


お城に着くとラタトスクは門の前で降ろされました。零時になったら魔法が解けてしまうからそのころにもどっておいでと言い残して、アステルは行ってしまいました。

ラタトスクはしかたなくローブの中にアリスを隠し、無礼講の呪文をつかう酔っ払った門番に門を通してもらいました。

白塗りの階段を登ってその先、ラタトスクの三倍は背丈のある大きな扉を開けて、眩しさにびっくりしました。広いフロアには照明が痛いほどたかれてキラキラとまぶしく、中央の王族席を中心に、美しく着飾った婦人や立派な身なりの紳士が参集し、ひそめた話し声や笑い声は弦楽器の音色と混ざって反響しています。

舞踏会なんて初めてです。ラタトスクはおずおずと、中に入ります。周囲の視線がやんわりと絡みつき、怖くなってふと見ると、アリスはもうご馳走でも見つけたのか、いつの間にか姿を消していました。ますます不安になってあたりをきょろきょろしていると、慣れないヒールのせいでラタトスクは前のめりにころんでしまいました。周囲で波のように起こるせせら笑いを横目に睨んで立ち上がり、人の間を抜けてはフロアの隅、白い壁にそっともたれます。ようやく人の目がすこし減ったように思えてほっとしました。

ぼんやり突っ立っていると、近くの丸いテーブルがややざわめきました。目をやれば、童顔の女の子が困った顔であたふたとしています。理由はすぐにわかりました。彼女の薄桃色のドレスは、お腹の部分だけ赤紫に染まっていたのです。どうやら赤ワインを零してしまったようでした、女の子は今にも泣きそうに、目を潤ませています。

するととなりにいた、女の子によく似た顔のお姉さんが、彼女に自分の赤いストールを差し出しました。そしてお姉さんは手際よく彼女の腰に布を巻き、可愛らしいリボンに仕立てあげます。お姉さまありがとうと、お姉さんにとびつく女の子の明るい声はこちらにまでよく聞こえました。

一連の流れを見ていたラタトスクは、なんだか不思議な気持ちになりました。羨ましいような、妬ましいような、悲しいような、寂しいような、そんな気持ちです。

ラタトスクは無意識に、姉妹を自分の家族に置き換えていました。自分がもし彼女と同じように困っていたら、エミルはどうするだろう、リヒターはどうするだろうと、つい、考えてしまってラタトスクは唇を噛み締めました。(どうもしないに、決まってる、・・・だってあいつらはきっと、俺が、きらいなんだ・・・)

必死で考えないように、頭から振り落とそうとしても、なかなか二人は消えてはくれません。ひどくみじめな気持ちで、もうフロアから出ようかという思いが頭をかすめたときでした。

ふと、人の群れが揺れたのです。笑い声はじょじょに静まり音楽だけが取り残され、フロアの真ん中から人が割れ、そして、自分に向かってまっすぐ、その人は歩いてきました。

一際立派な装飾、上質のマント、輝くような長い髪の、美しい人でした。ゆったりと余裕のある足取りで人を分け歩いてきたその人はラタトスクの前で立ち止まり、ゆっくりと膝を折って頭を下げました。ダンスの誘いでした。フロアの割れるような、人々のおどろきの声が響いてラタトスクは思わず両耳を手でふさぎました。

顔を上げてすこしおかしそうに笑ったその人の額のサークレットには王家の紋が入っており、ようやくラタトスクは、この人こそがこの舞踏会の主役、マルタ王子であることに気づきました。お顔を見たことはなかったので、知らなかったのです。腰が抜けました。マルタはひどくおかしそうに笑って、手を差し伸べてくれました。

ダンスなんて踊ったことがありませんでした。けれどマルタがやさしくリードしてくれたので、ラタトスクはすこしずつそのステップに合わせました。

しばらくして王子は、どうしてあんな悲しそうな顔をしていたのと聞きました。なんと答えればわからないままラタトスクが黙っていると、ゆるくつないだ手を引いてマルタが身を寄せ、答えたくないなら答えなくてもいいよ、と言います。そういう風に言われると妙に、話したくなるのはなぜだろうと、ラタトスクは思いました。そうしてけっきょく、家族と折り合いの上手くいっていないことを。ぽつりぽつりとはなしました。

すべて聞き終えてからマルタはしばらく考え、それから、キミは二人がきらいなの? と、しずかに聞きました。ラタトスクはまたもや返事に困りましたが、こういうときとっさに口をつくのはやはり言い慣れたことばです。

「お、俺だってあんなやつら、きらい、だ」

ちくりと、また胸が痛みました。いつものことです。きらいと声に出すたびに、心臓のあたりが妙に痛みます。そしてそれを思い出すたび、棘がささったときのように痛みが染みるのです。そんなラタトスクの表情を見たマルタが言います。

「きらってるわけじゃないよね? ラタトスクはきっと、付き合い方がわからないだけだよね?」
「!」

ラタトスクはおどろきました。自分のこころを見透かされてしまったようにおもいました。口をもごもごとさせるラタトスクを、まっすぐマルタが見つめます。

「男ならハッキリする!」

強い語調にラタトスクの赤い瞳は揺れました。マルタの碧眼がしずかにそれをのぞきこみます。

言葉にするのには勇気がいりました。たくさんたくさんいりました。つないだ手は震え、口はまるで話し方を忘れてしまったように堅く閉じ、心臓ばかりがばくばくとうるさく喚いています。

けれど、ラタトスクは言いました。

「俺、おれは・・・俺は、あいつらのこと・・・・きらいじゃ、ない」

言い切った瞬間、胸のつかえが取れたようにすっと、身体が軽くなるのを感じてラタトスクはおどろきました。

ずうっと頭の片隅に渦巻いていた暗い感情、嫌悪だと必死に思い込んでいたそれの、本当の名前は、希望といいました。ラタトスクは、本当はいつだって、家族と話をしてみたかったのです。本当はいつだって、家族と笑ってみたかったのです。ただ拒まれてしまうのが怖くて、一歩が踏み出せなかっただけなのです。

ほら、答えが出たと、マルタは微笑みます。

「だいじょうぶ! キミが二人をきらいじゃないなら、きっとこれから歩みよれるよ」

マルタの励ましに、ラタトスクはゆるやかに動いていた足を止めました。周囲の人々がちらりと目をやり、マルタが気遣うように首を傾げます。ラタトスクは口を開きました。慣れない言葉をつかうのはすこし気恥ずかしかったのですが、きちんと声に出しました。

「・・・・ありがとな」

マルタはぱちぱちとまばたきをして、それから飛び切りの笑顔でわらって、やっぱり、と言いました。なにがやっぱりなんだとラタトスクが聞くと、マルタは目元をやわらげます。

「笑ってるほうが、ずっとずうっと素敵だよ」

ラタトスクは初めて、自分が笑っていたことに気がつきました。笑うなんてずいぶん久しぶりで、なんだか頬の上のあたりがむずむずとします。それでもマルタが誉めてくれたのだから笑っていようとすると、口元がぴくぴく震えてしまいます。マルタはくすくすと笑いました。

こんなに穏やかな気分になったのはテネブラエと別れてから初めてだとラタトスクが思っていると、ふと、つま先をカツカツとたたかれました。ローブの裾から伸びた細い尻尾、ハッと気がついて顔を上げました。大きな壁掛け時計の長針は、まもなく十二の短針に重なろうとしています。

『魔法は零時ちょうどに解けてしまうから気をつけるんだよ』

アステルの言葉がよみがえり、ラタトスクはあわてて踵を返して走り出しました。マルタの声が待ってと止めましたが、立ち止まっては零時に間に合いません、必死の思いでラタトスクは走りました。階段の途中でころんでガラスの靴が片方脱げてしまいましたが、魔法が解けてしまった姿をマルタに見られるわけにはいきません、ラタトスクは急いで立ち上がました。

カボチャの馬車まであとすこし、御者席のアステルが振った杖に開いたドア、一段飛ばしで階段のぼり、ころがるように飛び込みました。ローブに掴まっていたらしいアリスが派手にころがり、ふぎゅうと苦しそうな声を上げます。パタン! ドアが閉まりました。馬が鳴き車体はおおきく揺れました。

「待って!」

窓のむこう、まだ追いかけてくる声にラタトスクは振り向きましたが馬車はすでに走り出していました。マルタはガラスの靴を手になにか叫んでいますが、ガタガタいう馬車の音でかき消されてしまいました。ラタトスクはあわてていてなにも言わずに来てしまったのを申し訳なくおもいました。

胸が痛く、肺が壊れそうでした。転んだときに擦ったらしく、手首は今になって熱くじんじんと痛みました。いつのまにかドレスローブは元の服にもどり、窓の外、美しい城はもう遠くなっていました。

次の日は寝坊してしまったようでした。いつねむったのかも覚えていませんが、どうやらアステルがベッドまで運んでくれたようです。手首の小さな傷を見て、昨日のことは夢でなかったと思いながらも、朝ごはんを作らないといけないのに気づいてすぐに食堂にむかいます。

すると、食堂ではもう食事が出来上がっていました。エミルが作ったのだそうです。

ラタトスクはおどろくと同時に、なんだかかなしくなりました。やっと、自分はこの二人がきらいではないとわかったのに、わかったとたん、ますます自分はこの家にいらない子に思えてきたのです。昨日だってリヒターにお皿洗いをさせてしまったし、今日だってエミルに食事を作らせてしまいました。家事もまともにできないのでは、きっと二人にけむたがられてしまうと、ラタトスクはおもいました。

ラタトスクは、これから二人とすこしでも家族らしい生活ができたら、とおもっていますが、ラタトスク自身が二人にきらわれていない自信がありません。緊張に物も言えず立っていると、苛立った声でリヒターが、早く席に着けといいました。もし、同じ声音で出ていけと言われたらどうしようと、考えるとだんだん目頭が熱くなってきます。握り締めた拳がふるえ、瞳で揺れる涙はいまにも零れてしまいそうです。

いよいよ、涙の落ちる寸前ふいにカランカランと、屋敷に来客を告げるベルが鳴り響きました。ラタトスクはすんでのところで涙をこらえ、玄関に走りました。

玄関を開けて目をみはりました。マルタが立っていました。どうしてと反射的に聞けば、ドアの陰からひょこりとアステルが顔を出しました。

「寝言でマルタマルタって言ってたから、王子のようすを見に行ったら、ちょうどキミを探してたところでね、」

連れてきちゃったとあっさり、お人よしの魔法使いは言います。マルタがアステルにお礼を言ったので、ラタトスクもあわててうなずきました。アステルは、込み入った話なのかなと気を遣って、屋敷の裏の方にあるいていきました。

マルタはラタトスクが勝手に帰ってしまったのをひとしきり怒ってから、ふっと、ラタトスクの顔をのぞきこみ、泣いていたのと聞きました。目の端が赤いのに気づかれてしまったようです。ぶっきらぼうに首を横に振ったのに、なにがあったのとマルタは問いかけます。ラタトスクはしかたなく事情を簡単にはなしました。

聞き終えるとマルタはぎゅっとラタトスクの手を取って、二人にきらわれているのならわたしのお城においでと言いました。わたしのお姫さまになってくれたら、わたしがラタトスクをたくさん幸せにしてあげる、とも言いました。

ラタトスクは、自分は本当は貴族ではなくただの商人の子どもだからともごもご言いましたが、マルタはそんなこと関係ないよと言い、懐から昨夜のガラスの靴を取り出してラタトスクの手に握らせました。もう片方も職人に頼んで作らせる、お姫さまに似合うように、キレイなドレスもたくさんあげるとマルタは言いました。そして最後にそっと目を伏せ、言葉を紡ぎました。

「一目見たときから、ラタトスクがすきだよ」

ラタトスクは、とまどいました。マルタのことは好きです。きっとついていけば本当に、幸せにしてくれるのでしょう。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。家族と対峙するのはひどく勇気のいることです。けれど二人の気持ちを聞かないまま、このまま別れて本当にいいのでしょうか。ラタトスクはガラスの靴をにぎりしめたまま、しばらく考えました。

それから顔を上げて、まっすぐマルタを見据えて答えました。

「・・・二人と、話してみる」

マルタはしずかにうなずき、食堂に向かうラタトスクのあとをついてきました。

食堂に入りマルタが手短に挨拶をすると、二人は突然あらわれた王子にたいそうびっくりしました。訪問の理由を尋ねられ、マルタが率直に、ラタトスクをお姫さまにもらいにきたと告げると、びっくりしすぎたエミルは肘掛け椅子からころがり落ちてしまいました。ラタトスクが条件反射で助け起こすと、エミルはその手をぎゅっとつかんでそして、マルタをにらみます。

「だ、だめ!」

初めて聞いたエミルの激しい語調に、ラタトスクはびっくりしました。目を見開いて呆然と立ち尽くしていると、立ち上がったエミルは握る手にますます力をこめ、両足でふんばって声を張りました。

「みっ、認めないよ! ラタトスクは、僕の、大事な、むすめなんだからっ!」

ラタトスクは、自分の耳がおかしくなったのかとおもいました。つかまれていない方の手で耳に触れましたがどうも異常はありません。頬をつねれば痛いので、夢でもありません。

今なんと言ったのかエミルに確認しようとしたとき、黙っていたリヒターも椅子から腰を上げ、エミルの前に立ちふさがりました。

「王子といえど、妹に手を出すのは許さん」

短い言葉には明らかな怒気が含まれていて、ラタトスクはあぜんとしました。
二人ににらまれマルタは目をぱちぱちとさせていましたが、やがて、目元をゆるませて小さくわらいます。

「・・・なんだ、話し合うまでもなかったね」

マルタはおだやかにそう言って、ラタトスクに微笑みました。ラタトスクは半ば放心状態のまま、こくりとうなずきます。どういう意味だとリヒターがふりかえり、エミルが首を傾げました。ラタトスクはカァと頬を赤く染めてうつむきましたが、ここできちんと言わないといけないと意を決し、一生懸命言いました。

「・・・・・俺はべつに、おまえたちのことなんて、・・・きらいだとか、思ってねえ、けど、その、おまえたちは、そうじゃねえ、かも、とか・・・! そ、それに、家事もしないんじゃ、おまえたちに、ますます、いやがられる、って、・・・だから、それで、マルタのとこにろいこうと・・・」

尻すぼみになってしまいましたが、だいたいのことを察したリヒターは、あきれたようにラタトスクを見下ろしました。

「おまえは・・馬鹿か」
「っ! なんだと!」
「誰がいつおまえをきらいだと言った? なにを勘違いしたか知らんが俺はそんな素振りを見せた覚えはないぞ。・・・大体、おまえはこの家の大事な家族だ。堂々とこの家にいればいい」
「そ、そうだよ、ラタトスク。僕らも、いつまでもラタトスクにまかせきりじゃいけないねって、ちょっとずつ家のことも手伝おうって、言ってたとこなんだからね」

あまりの衝撃に、ラタトスクは開いた口がふさがりません。ずっと、怖くて勇気が持てなかったけれど、思い切って一歩踏み出したらこんなに、こんなに簡単に、いままでの世界は変わってしまったのです。

リヒターはぽんとラタトスクの頭に大きな手のひらを載せ、エミルはぎゅうとラタトスクの手をにぎりました。

「その、ご、ごめんね、きらわれてるかも、なんて思わせて。・・・僕、本当はずっと、なんて話しかけたらいいのかわからなかったんだ。でも、これからはもうすこし、がんばってみるよ」

指先から伝わる温度に、頭に載せられた手の心地よい重みにじわりと、さっきこらえた涙が浮かんできて、あわててラタトスクは二人をふりほどいてごしごしと目をこすりました。初めて触れた家族のやさしさはあまりにあたたかくて、なんだか止まらなくなってしまったのです。

すこしして、ぎゅうぎゅうと目元をシャツの裾で拭いたラタトスクが顔を上げると、そばで見守る家族のむこう、マルタがこちらを見つめています。ラタトスクは何度かまばたきをしてから、マルタに向かって歩いてゆきました。目前、足を止めるとマルタは眉をハの字に曲げて苦笑します。

「ごめんね、ラタトスクが家族とうまくいったの、うれしいのに、なんだかちょっと、ちょっとだけね、・・・素直に、よろこべないんだ。ラタトスクがお城で一緒に暮らしてくれたらって、・・・ちょっとだけ、期待してたから」

ごめんねと、寂しそうな顔でまたあやまるマルタに、ラタトスクはそっと、ガラスの靴を返しました。受け取るマルタの手はふるえています。ラタトスクはその細い手をがしっとつかみました。

「・・・・俺は、家族と一緒に暮らす。だから、おまえと一緒に城には行けねえ」
「うん・・・」
「で、でも、そのっ、お、おまえが、この家に来る、のは、かまわねえ、」
「え?」

顔を上げたマルタの瞳に、気まずそうに目をそらしてラタトスクは言い捨てます。

「かっ、勘違いするなよ! べつに、来てほしいとかそういうわけじゃねえからな!」

けれどマルタはうれしそうに、本当にうれしそうにうんうんとうなずきました。来るね、毎日来るねと、ラタトスクの手を握り返してマルタはにこにこわらいます。ラタトスクはその笑顔がなんだかすこしくすぐったかったくて、ひかえめにうつむきました。


こうしてラタトスクは、丘の上の家で家族と一緒に楽しく暮らしました。

ラタトスクは性格の角がちょっととれて丸くなりました。エミルはすこしずつラタトスクに打ち解け、だんだん笑顔を見せてくれるようになりました。リヒターは依然として無愛想ですが、口数が前より増えたようにおもいます。

マルタはラタトスクに言ったように、毎日キャスタニエの屋敷にやってきます。デクスとアリスは家族に紹介され、ラタトスクのベッドで一緒にねむるようになりました。アステルはリヒターの学術的興味を大変刺激したようで毎日こむずかしい研究に付き合わされていますが、なんだかんだ気が合うようで、楽しそうにしています。テネブラエは商売が軌道に乗って、ときどき帰ってくるようになりました。

食卓は大勢の家族に囲まれ、誇らしげに光沢を放っています。石の壁の隙間風も、こころなしやわらいだような気がします。大きな屋敷は、以前よりずっとずうっとにぎやかになりました。

その後、ラタトスクと王子さまの恋がどうなったのかは、ひみつです。