カンツバキ



(ゼロ猫とロイ猫のおはなしです、猫化につきご注意)





気に入りのカンツバキのした、それはちいさくまるまっていた。赤い、黒い、ぴくぴく動く、ヘンなもの。
それがおれさまとおんなじネコなんだと気がついたときにはびっくりしてニャッと飛びのいた。鼻が曲がりそうな匂いが血のそれだとわかったときには足がふるえた。
でもまだひゅうひゅうと、息をしているからきっと生きてるんだって、生きたいんだっておもって、母屋に走った。ご自慢のひろいひろい庭を、初めてうっとおしくおもった。


ふんわりシルクのすそ、ひっぱりひっぱりご主人さまをつれてくる。身体のよわいご主人さまだから、むりはさせられない。でもそれでも、めいっぱい急いで庭のすみっこ、赤い木のしためざしてはしる。ようすのヘンなのに気づいたご主人さまが、キャアと声を上げた。
ご主人さまはびっくりして地面に座りこんでしまったけれど、トクナガをすぐに呼んでくれた。白いバスタオルにつつまれて、ボロネコは屋敷に連れてかれる。


ひゅうう、つめたい風が吹いた。立ち上がったご主人さまが肩をふるふるさせてふりかえる。おまえも帰るのよ、やわらかい声がそっと命令する。ちらりとカンツバキを見上げた。つよい風だったのに、ひとつも落ちていない。ボロネコもこれくらいつよかったらいいのにとおもった。






おれさま専用の部屋のすみ、背のたかいベッドの上で、ボロネコはねむっている。おれさまが仔ネコだったころのベビーベッドをもってきたんだそうだ。まわりを木の柵で囲まれているから、しばらくはとなりの棚でみているしかできなかった。自分以外のネコをみるのはこれが初めてである。じいっとみていても飽きない。いつ起きるのだろうとそわそわした。
最初みたときは赤くて黒くてぐしゃぐしゃしていたけど、トクナガの手でキレイに洗われた今は鳶色の毛をふんわり寝息にゆらしている。ピンクの毛布にくるまれたボロネコ、「いのちにベツジョウはありません」とトクナガが言っていたのをきいた。ご主人さまがほっとした顔をしていたから、だいじょうぶっていみなんだとおもった。


そうして目を覚ましたのは、朝がきて夜がきてまた朝がきたころのことだった。
一目開けると、窓から入る日のまぶしさにつよい茶色の目をぱちぱちさせて、棚から見下ろしていたおれさまと目が合った。
なんでおれさまの庭にいたのかとか、どうしてケガをしていたのかとか、起きたら聞いてみたいことはたくさんあったのに、まるいひとみは想像したことないくらいキレイで、なんていっていいかわかんなくて、けっきょくおれさまが言えたのはおはようってただひとことだけだった。よく考えたらなんだかまぬけだった。


仔ネコ用のやわらかいごはんを満腹たべて、ボロネコはロイドと名乗った。脚のケガがひどいらしくてまだトクナガがベッドから出してくれないから、おれさまは柵の隅に飛び乗ってロイドと話をした。
クルマに跳ねられたのだとロイドは話す。おれさまはクルマというものをしらない。四つ足でピカピカ光って、ネコよりずうっと大きくてこわいものなのだそうだ。あんな風に血がいっぱい出てしまうものなんだから、きっと凶暴なやつなんだろう、どこかで会ったらどうしよう。ぶるりと毛をふるわせるとロイドはわらって、こんな屋敷の中までは来たりしねえよと言った。そうなのか。よかった。






しばらく経つと、ようやくトクナガがロイドをベッドから下ろしてくれた。前足に包帯を巻いたロイドは絨毯に下ろされるとへにゃりとしゃがみこんでしまう。まだ立てないらしい、でももうずいぶん痛みはなくなったとロイドは言った。おれはほっとした。
よく身体が動かせないから、その日から毛繕いはおれがしてやった。ノラネコの毛はぼさぼさでキレイとはいえなかったけど、ロイドの体温は安心した。身にのこる土の匂いもきらいじゃなかった。
夜がくるといっしょにねた。ロイドはふかふかのベッドがおちつかなくていやだと言ったから、しかたなく床に毛布をひきずって、ふたりで巻きつけてねた。朝起きると身体がぎしぎししたけどひとりで眠るときよりずっとずうっとよくねむれた。






ロイドの脚はすこしずつ良くなっていった。とうとう包帯が取れて、よたよたとではあるけれどひとりで歩けるようになった。
ふたりで庭を散歩するようになった。ロイドが疲れてしまうからそう遠くまではいけないけれど、咲く花のひとつひとつにもニャアニャアいうから楽しかった。
楽しい、なんて思ったのはひさしぶりである。あたたかいうちはご主人さまもよく遊んでくれる。でも冬に入ると病弱なご主人さまは、お部屋にこもりがちになってしまうのだ。だからこの季節はいつもひとりで過ごしていた。


毎日たいくつだった。つまらなかった。そんなときロイドがあらわれた。おれはたぶん、これがシアワセというものなんだろうとおもった。いつだったかご主人さまが読んでくれた本で言っていた。好きな人とずっといっしょにいられることを、シアワセというのだそうだ。シアワセ、シアワセ、口に出すとなんだかじんわりとあったかくなる。どういういみだとロイドが聞いた。なんだか恥ずかしくて、教えてはやらなかった。






おれのカンツバキは庭のすみっこに咲いている。冬は散歩コースのひとつに入っている、おれの好きな木だ。
その木の下まで、ようやくロイドはあるいて来られるようになった。脚はもうほとんど元通りらしい。ぽとぽとといくつか花の散った中で、ロイドの毛をつくろってやりながらおれは聞いた。


「この花、なんていうか知ってるか」
「しらないな、ゼロスわかるのか」
「カンツバキっていうんだ、ツバキは春に咲くのに、カンツバキはつよいから冬に咲くんだぞ」
「へええ、すごいな、ゼロスはあたまがいいんだな」
「あたりまえだろ、おれさまはユイショあるケットーショつきだからな」
「・・・ケットーショってなんだ?うまいのか?」
「・・・・・おれさまにもわかんない」


ロイドはなんだよそれとわらった。おれもわらった。笑い疲れたころ、差しこむ光に目を細めてロイドはいう。


「なあ、春がきたら街にいこう、川に花がながれてきれいだぞ、人間もやさしくなって、木の下でお酒をのみながらおいしいものをくれるんだ」


街なんて興味なかった。でもロイドがあんまり楽しそうにいうから行ってやってもいいと言った。ロイドはうれしそうにおれさまの毛をぺろぺろ舐めた。カンツバキのギザギザしたはっぱのあいだ、おだやかなおひさまが照らしている。こんなのんびりした日がずっとつづくんだとおもってた。






ロイドが出て行ったのは、それから何日かあとのことだ。なんにもいわず、ロイドは消えた。起きたときには毛布はぽっかりすきまができていて、一日中待っても帰ってこなくて、そうしておれは、またひとりぼっちになった。まえはなんとも思わなかったのに、ふたたびやってきたひとりの時間はびっくりするほどさむかった。このまま帰ってこないなんて信じられなかった、信じたくなかった。
もどってきたときロイドが入れるようにと、夜は床でねた。ひとりでねると床は冷えた。ごはんは半分いつものこした。ミルクもそうである。なのにロイドは帰ってこなかった。毎日毎日カンツバキのしたで待った。ひどい雪の日待っていたらトクナガに連れもどされた。それでもむりやり逃げ出してまた待った。見かねたトクナガは木の下にカサを置いてくれた。おれはまちつづけた。


もう、どれだけ待ったかわからない。
季節は冬を通りすぎてあたたかさを帯び始めていた。凍った池はひかりに溶けて、虫たちは起き出し、緑はすこしずつ元気をとりもどし始めている。
ぽとり、最後のカンツバキが散る。もうすっかり花の色は濁ってくすんでいた。冬の終わりである。おれはとうとう泣いた。


(春になったら、街にいこうっていったじゃねえか、約束したじゃねえか、やぶるつもりかよ、行ってもいいなんて言ったけどほんとは楽しみで楽しみでしょうがなかったんだぞ・・・・!)


ぽろぽろ、なみだばかりがあふれてくる。身を屈めて、おれはただひたすらに願った。


(かみさま、かみさまおねがいします、ろいどにあいたいです、こうきゅうなごはんもおおきなべっどもなにもいらない、ろいどにあいたいんです、ろいどさえいればもうなんにもわがままいいません、だからおねがいです―――かみさま)


そう、つよく祈った、そのときだった。
ガサガサとさわがしい音、すぐ近くの茂みからきこえる。そうしてはっぱのあいだから、ぴょこりとなつかしい鳶色ののぞいたときには、おれは息がとまったような気がした。


「―――ロイド」
「ゼロス!」


ぴょんと、茂みを抜けた身体が跳ねた。いきおいよくおれに飛びついてくるから、おれはロイドといっしょにくるくるまわってしまった。ロイドが鼻先をこすりつけてくる。


「ごめんな、ごめんな急にいなくなって、」
「なんで、・・・・なんで、出てったんだよ」
「カンツバキ、ゼロスにとってきてやろうとおもったら、街の仲間がきてたんだ。おれがいなくなってみんなこまってた、おれは、親のないやつらを他のノラから守ってやってたんだ。残してきたやつらはまだみんな小さいから、ぶじに冬を越せるまではおれが守ってやらなきゃいけなかったんだ」
「・・・冬は、もう終わっただろ。このさきはどうすんだ」


ぺろぺろとおれの毛並みを舐めていたロイドは、身を起こしておれをじっとみつめた。久々にみたひとみのひかりは変わらずつよくて愛おしかった。ロイドが口をひらく。


「おれは、ゼロスといっしょにいたい」
「・・・おれと?」
「ああ、もうどこにもいかない、ゼロスといっしょにいる。あいつらには仲間がいるけど、ゼロスはひとりぼっちだもんな」
「ずっと、ずうっとか?」
「うん、ずうっとだ」


きっぱりいわれたのがうれしくて、うれしくて、おれはロイドに抱きついた。すぐそばではカンツバキがわらっている。あたたかい春のひかりを受けながら、おれたちはなんどもキスをした。









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ずっと書こうと試みていたのになかなか最後まで書けなかったおはなし
最初絵本にしようかなあとか思っていましたがふつうに挫折しました
花に関してはだいぶ捏造です、すみません・・・




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