ノルディアの仮面
 ※(ギンジ→)ガイルクです










ドックに入ると楽しそうな笑い声がきこえた。見回せば飛晃艇の右翼のむこう、ぴょこぴょこ揺れる金糸がみえる。おどろかせてやろうと、足音をひそめて機体に沿ってこそこそと近づく。カツンコツン、鉄筋の鳴くのをしーっと人差し指でなだめながら気分は明るかった。


会話はまだとおく、内容までは聞こえない。ただ、時おり跳びはねるような笑いが起こるから盛り上がっているのだけはわかった。(ガイのやつ、音機関を語り出したら止まんねえんだもんなあ、)中腰で左翼をくぐって、そっとそっと、歩みよる。だんだんとしゃがみこんで、じょじょに、表情のみえるところまで。


そうしてなだらかな機体に身を寄せたまま反対側をゆっくりとのぞきこんで、俺は言葉を失った。


視線の先には並んで話すガイとギンジ、この譜業の街に来ればたびたびで、こんなの見慣れているのに今日は、ちがった。(・・・なんで、)機体に沿えた指先が戦慄く。(・・・・なんで、そんな、)背を這い上がり迫ってくる予感は仄暗くてひやりと冷たい。(・・・・・嘘だろ、)


驚きにとさりと尻餅をついてしまって、カァンと間延びした音がひびく。しまったと、オレは焦った。くるりとガイが、振り向いた。


「あ、・・・え、ルーク?」
「っ・・!」
「なんだ、どうかしたのか?」
「っいや!その!うんと、おどかそうと、したんだけど、・・はは、ばれちゃった、な」


動揺を隠そうと慌てて、立ち上がる。ゴツンと嫌な音がした。一瞬の閃光のあと、ぐるぐるり、回る思考、それから視界。焦った顔でだいじょうぶかとガイの駆け寄ってくるのをみて、ああ飛晃挺で頭を打ったんだとようやく気がついた。へーきへーきと手をかるく振ったのに、ガイはずんずんと歩いてくる。ぐいとのぞきこんでわしゃわしゃと頭をかき混ぜる。たんこぶのできていないのを確認してふうとため息をついた。なんだか気まずくてごまかすように笑うと怒られた。(ほんとにくちうるさい使用人だ、)俺がどれだけ心配するかわかってんのか、なんて、そんな真剣な顔をして。(そういうとこが好きだけど)


ごめんごめんとあやまって、そしてふと目を移した俺は今度こそ、見てしまった。




嫉妬と絶望と怒りと悲しみの色、溶け合った、うすぐらい、ひとみ




(――ギンジ、やっぱり、)


そう、思った瞬間に、ハッと顔色を変えたギンジはいつものように、人のいい笑みを控えめに浮かべた。動作のすべてが確信だった。


人の感情に鈍感な俺でも気がついた、気がついてしまった。本当に怪我はないかと気遣う声がどこか遠い。目の奥にはさきほどの、ガイに向けられた特別の笑顔が焼きついて離れない。刹那の負の目が俺を縛って動けない。


この気の毒なくらい人のいいパイロットは、きっとずっと、ずうっと押し隠して、俺に気を遣ってきたんだろう。(たぶんガイのことを、本当に大切に思っているから)ぎりと、噛み締めた唇はいくらか鉄の味がした。胸にふと生まれるのは、負けたわけでもないのにわずかな敗北感。(きっと俺が同じ立場ならこんな風に隠すことなんてできやしないって、すぐ、わかってしまったから)



だから、ごめん、見なかったふりをした、気づかなかったふりを、した。


俺がここでその感情に目を向けてしまったら、気づかれないようにと平静を演じる彼の必死に、申し訳なかった。そして目を向ける勇気も、俺にはなかった。





そうして何事もなかったように俺は恋人にわらいかけた。
(ごめん、おれはずるい、子どもなんだ)





もどる