黙ってたってなにもわからないだろ、棘のある言い方でアーヴィングはいう。怒るのも当然だ、下級生に囲まれていたところを大人気なく連れてきた。


化学準備室、乱暴に連れてきたはいいがなんと言えばいいのかわからず、私は黙していた。女子数人に、きゃあきゃあと、卒業式にはボタンをくださいね! なんていわれているのに嫉妬して、カッとなってひっぱって来た、ストレートに言えたらどんなに楽だろうか。しかしそれを言うには私はすこし年を取りすぎていた。


若い生徒は業を煮やしてパイプイスで足を組み、私をにらんだ。重たい沈黙に、とうとう私は切り出した。


「ブレザーを、貸してくれないか」
「え、ブレザー? なんで、」
「・・・ボタンをすべて付け替える」


アーヴィングはようやく合点が行ったというように、イスにもたれこみくたりと天を仰いだ。そんなこと気にしてたのかよ、ぽそりと言ったが私にとってはそんなことじゃなかった。


「お前のものが、人の手に渡るのがいやなのだ」
「それくらいのこと、」


「形として、残ってしまうだろう? それを見るたびその人間がお前を思い出すのがいやだ・・・」


腹に抱えていたもの、吐き出せばアーヴィングはきょとんとした顔をしてしばらく目をぱちぱちとさせてから、ふきだした。


「っな、なぜ笑う、」
「ばかだな、クラトスは」
「! バカとはなんだ、バカとは」
「だって思い出なんて本物にかなうわけねえのに」


ばかだな、もう一度つぶやいて、アーヴィングはくしゃりと笑った。本物はいつだってあんたのとなりにいるのにと言って笑った。なぜだかすこし、泣きたくなった。


でも、やるよ。ぎちりと、胸元に一番近いボタンを乱暴に千切ってアーヴィングは私に投げた。小さな銀色はブラインド越し、ボーダーの夕陽を受けてキラキラと光っていた。アーヴィングは中途半端に糸の残った布地を指の腹でなぞりながらつぶやく。


「あ、やべ明日絶対からかわれるな。・・・・ま、いっか」
「・・・貸しなさい、かわりのボタンを縫ってやるから」
「クラトスそういえば裁縫できるんだ?」
「いや、ユアンが」
「ぷっ・・・! 人任せかよ、」


なんだよそれ、くつくつと笑いながらアーヴィングはのこりのボタンを外した。白いシャツが赤い光を受けて眩しくみえた。