どういう流れでそんな話になったのだか、覚えてはいない。なんだ、一体どこからだ、思考をめぐらせる。
たしかシュークリームだとかワッフルだとかスコーンだとか、聞いているだけでお腹がいっぱいになりそうな、菓子の話をしていたはずだ。そして曲がりくねった。そうそう、そういえば六組の誰さんがこの間の実習でつくったケーキ、とうとうアーヴィングくんに渡したらしいわよ、そうだその一言がきっかけだ。となりに座る巻き髪の少女の。
だから気がつけばアーヴィングくんの、ロイドくんの話題が飛び交っているのだ、聞いているだけでお腹が煮えくり返りそうな、俺のハニーの話をしているのだ。そして突撃された。ねえアーヴィングくんって付き合ってる女の子いるの? いたいけな、無邪気な幾つもの瞳が見上げてくる。俺は困り果てて苦笑した。女の子はいないけど、男の子ならいま目の前にいるよ、言えたらどんなにか楽だろう。現実とはときに嗚呼、かくもむずかしい。
わかんないなあと言葉を濁せば俺を取り囲んだ彼女たちは不満げに、(だって他にどう答えろと!)何組の誰さんがあやしいだとか、ひそひそと話し始めた。(え、ていうかなに、その連なる名前の多さはなんなの? ロイドくん俺の知らないところで女の子となにをしているの? もてるなんて聞いたことないよどういうことよハニー!)
冷や汗の落ちた、そのとき、制服の尻ポケットに入れていた携帯が震える。慌てて取ったものだから取り落としそうになった。あわあわと開いてメール、いつものひとこと男らしく、「帰る」俺は自分の席から潔く立ち上がった。
「ごめん友だち、部活が終わったっていうから俺もう帰るね、」
付き合ってくれてありがとハニーたち! 言い投げて鞄をひったくって夕焼け色の教室を出る。頭の中はあやしい女の子の名前ばかりがぐるぐると渦巻いて俺を押し潰そうとしていた。
混沌を抱えたまま転げそうになりながら階段を滑り降り、中央校舎の下駄箱に走れば恋人は蛍光灯も落ちた、薄暗い壁によりかかっていた。声をかけようとしたとき、廊下の向こうからやってきた知らない男が、先にロイドくんを呼んだ。遠くの会話から察するに、ロイドくんと同じ美術部の部員のようだった。一瞬の世間話を終えて、男は立ち去った。うんじゃあなと手を振りそれを見送ったロイドくんがふと、立ち尽くした俺に気づく。夕闇の溶けた廊下、目が合った。
「あ、ゼロス、」
ピカリ、音の聞こえてしまいそうな、瞬間的に輝いた顔に思考が止まった。(うわ、電球みたい)それから穏やかに、ゆるやかに、動き出す。(なんだ、なんにも心配することなかった)ピカピカの笑顔で恋人は軽やかに走ってくる。さっきの男にはそんな顔はしなかった、俺の知る他のだれにもそんな顔は見せない。俺のロイドくんだ。心配はするすると夕闇に溶ける。眩いロイドくんの笑顔に押し流されて壁の隅に消えた。
待たせてごめんね、どっか寄ろうか、そう言って俺は腰を抱く。途端に学校でやめろとロイドくんがその手をひねるのが、俺と恋人の挨拶だ。
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