痛む頭を押さえながらのろのろとリビングにいくと、同居人の姿はなかった。
サイドボードのデジタル時計を確認すると、とうに学校の始まっている時間だった。いま、ちょうど三時限目の始まった頃だ。学校にいく、いかない。選択は一瞬だった。腰にのこる倦怠感が答えだった。
テーブルには当然のように置かれた食事。かすかに光をはじく透明に包まれ、あたたかさをなくしたのがありありとわかる朝食は、いささか寂しげに見えた。朝ごはんはパンだと主張したら俺の分だけ焼かれるようになった食パン、ラップに水の貼りついたスープ、それから少々豪華なおかずがいくつか。おそらく昨日の晩の残りだろう。
あまり食欲はなくて、とりあえず水を飲んでパンをひとくちだけ食べた。学校にいくつもりはないから、あとで腹が減ったら食べようとおもった。
同居人、ロイドのつくる食事は美味しい、とおもう。
高1で同じクラスで知り合って、父親が出張ばかりでいないからと2年で家に転がり込んできて、3年になったいま、万能の同居人として活躍している。
最初はおどろいたが家事は得意のようで、炊事、洗濯、掃除、ロイドがいるだけですべてまかなわれ、俺の家はひとりぐらしのころより格段に快適になった。食費をわたしておけば勝手に食事をつくってくれるのはなにより楽だった。実家の使用人とちがい、女を連れ込んでもなにも言わないのも都合がよかった。
要するに、ロイドは便利だったのだ。
甲斐甲斐しく俺の世話を焼き、学校に行けば俺のいなかったあいだのノートをよこし、気楽に友人として付き合える。見返りに求められたのは住居だけ、安いものだ。
整然と片付けられたリビングを見回す。やはり同居人は理想的だ。
さて学校に行かないはいいがどうしたものかと、とりあえずズボンのポケットに乱暴につっこんだ携帯を取り出す。(だれか呼び出すか?・・・・気分じゃないな)
ふと、手の中の機械がふるえる。新着Eメール、ロイドからだった。開けばひとこと、『来ないのか?』ちょっと悩んで、でもやっぱり面倒なのが勝って、返事をする。ロイドの返信は早かった。『5限、現文出ないと1週間補習だって』(なんてこった、)舌打ちして、しかたなく重い腰を上げる。シャワーを浴びて、のろのろと腕を通したYシャツは石鹸の清潔な香りがした。(あ、若干小さい。ロイドのかも。・・・まあいいか)
着いたのは昼休みだった。教室に入ると、サンドイッチをくわえたロイドが手を振る。となりの席を拝借すると、ロイドが、食べるか?パンをひとくち差し出す。食べるのも面倒で、首を横に振った。ロイドは眉をすこしハの字にしたけれど、手をもどして自分の口に放った。
「・・・・今日SHRフォシテスせんせーだったけど、すっげー怒ってたぞ?」
「あーうん、メールどうも」
「あんまうるさく言うつもりもないけど、もちっと授業、出ろよ?」
「うんかんがえとく」
そっか。てきとうにうなずいて、ロイドはサンドイッチに意識をもどした。必要以上に干渉してこないところが気楽で好きだった。
食べ終えたロイドが顔を上げる。なにか言おうと口を開いたとき、遠くで名前の呼ばれるのが聞こえる。媚びるような甘い声。目をやると栗毛の小さい女の子。数日前にデートした1年の後輩だった。俺は席を立った。
放課後会えるかという誘いだった。めずらしく予定はなくて、ふたつ返事でいいよと言った。少女はちらりと周りの先輩を気にしながら、それでも堂々と俺の腕に抱きついてくる。キツイ香水の匂いにくらくらした。やめさせるだけの元気もなくて、したいようにさせておく。しばらく一方的になにやら喋って、女の子はチャイムが鳴ってようやく帰った。
鼻につくような喋り方の余韻に頭はぼうっとしていた。現代文の授業は睡眠学習に励もう。
数分前のことなど、痛む頭の奥底に沈んでいた。
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