このままじゃだめだとおもった。

ずっと、好きでいるわけにはいかない。だから、マンションを出た日から、元同居人とは一言もしゃべっていない。といってもゼロスはあいかわらず学校には来たり来なかったりだから、避けるのはそうむつかしいことではなかった。

それでもさすがに、俺の態度を不審に思ったゼロスは何度か話しかけようとしてきたし、メールも何通か来た。どれも無視した。ゼロスは最後には苛立ってあきらめたようで、一週間も続けたらなにも言ってこなくなった。ただ、学校に来るのが以前より増えたような気がする。顔を見るたびさびしいし、つらかったけど、しかたのないことだとおもった。

ゼロスは他には変わらないようすだったから、俺もいつもどおりに見えるように生活した。ワイルダーとなにかあったのかと幼馴染のジーニアスが聞いてきたが、ケンカしたとだけ返事をした。

それでもきもちの薄れることはなかった。

視界に入るだけで心臓はキリリと痛んだし、胃痛はますますひどくなった。食欲が減って、たびたび保健室にお世話になった。

ある日ジーニアスが、いいかげんにしなよと眉をしかめた。

「なにがあったのか知らないけど、いつまでも暗い顔されてたら、こっちまで滅入っちゃうじゃないか」

腕組みしながら俺の机の前に仁王立ちして、いつになく大きく見えるジーニアスが俺をにらむ。ごめんとあやまれば、そんなのロイドらしくないと逆ギレされた。(じゃあ俺にいったいどうしろと、)困って見上げていると、ジーニアスは盛大なため息をついて制服の上着から携帯を取り出した。忙しい手がなにやらメールを打っていた。

しばらくしてジーニアスは携帯を俺にかざす。

『ロイドが買い物に付き合って欲しいらしいんだけど、恥ずかしくて言えないみたい。よかったら付き合ってあげてくれない?』

送信先、コレット・ブルーネル。見慣れた名前に目を見開いた。

「っちょ、ジーニア、ス!なにしてんだよ、勝手に!」
「思いつめてるようだし僕には相談できないみたいだから、コレットを呼んであげたんじゃないか」
「たのんでない!」
「親切心だよ」
「ありがためいわく!」
「あ、返事きた」

受信箱を開けてジーニアスがにこりとした。

「よろこんでだって」




浮かないきもちで、俺の学校まで来るという彼女を正門でまっていた。

幼馴染のことはもちろん好きだし、ちがう高校に進んだせいでしばらく会っていなかったから、姿を見たいきもちもあった。それでも、ジーニアスに仕組まれた感があって、なんとなく、気まずかったのだ。

けれど、懐かしいほんわりした笑顔を横断歩道のむこうにみつけると、やはり自然と笑顔は浮かんだ。手を振ると、信号とスカートを気にしながらも急ぎ足で、コレットは来た。

ひさしぶりと挨拶をして、コレットは行き先を聞いた。俺がとっさに考えていないと答えると、笑顔で手を引いて、駅前にむかって歩き出した。

歩きながら、このまま買うものもないのに目的のない買い物に付き合わせるのも悪いとおもって、正直に事情を話した。コレットはしばらく目をぱちくりさせていたが、それじゃあお茶でもしようかとのんびり微笑んだ。

行き着いた喫茶店で、俺は久々に会った幼馴染のやさしさに触れて、思い切ってゼロスのことを相談した。男だということは言わなかったけれど、とても好きな人がいるということ、その人は俺を友だちとしか思っていないこと、その人を忘れようとしても忘れられないこと。

コレットはだまって聞いていたが、しずかに、きちんと告白するべきだよ、と言った。そうしたらきっとけじめがつくと思うな。やわらかい口調には底知れぬ説得力があった。

考えてみるよと返事をして、その日は別れた。

やっぱり幼馴染の言葉は心強かった。沈んでいたきもちがすこし楽になった。さんざん文句を言ったけど、明日ジーニアスにはお礼を言わなきゃいけない。・・・・ちょっと、癪だけど。