待ちぼうけの狂気












「え、」

背後で聞こえたつぶやきに、耳がぴくりと反応した。(天使の耳って本当に便利すぎるなぁ、わたしはひとりの声だけ聞こえればいいのに、)眠る彼から顔を上げてゆっくり振り向くと、目を見開いたゼロスがそこに立っていた。わざとらしく一歩後ずさりしたりして、ほんとうに苛々する。

そういう、意外と純粋なところがロイドは気に入ったのかなと思うと、自然と笑みが浮かんだ。ゼロスの顔が青ざめる。(お風呂上りの身体なんて冷え切ってしまえばいい。・・・・ずっと冷たいままでいればいい、)じっとこっちを見て立ち尽くすゼロスに、そっと話しかける。

「ごめんね急におじゃまして。ゼロス、まだ出てこないと思ったから」

平然と言ってあげると、ゼロスはますますわけがわからないという顔をした。ベッドからひょいと身を起こすと、背後で眠るロイドが微かに身じろぎした。(ごめんね、起こしたりしないからね)やっと口が聞けるようになったらしいゼロスが、言葉を発した。

「コレットちゃん、いま、ロイド、に、」
「キスしたよ?(あれれ、ちゃんと口も利けないのかな?ばかだなぁ、ゼロスは)」

それがどうかしたのと聞けば、ゼロスは幽霊でも見たような表情を浮かべる。(どうしてそんな顔をするのかな?わたしがロイドを好きなのはもちろん知っていたはずでしょう?・・・知った上で、わたしのロイドを盗ったんでしょう?)

いつまでも絶句したままでいるのが気に食わなくて、ベッドを降りて、ゼロスに歩み寄る。(本当は近づきたくもないし、同じ空気を吸うだけでも吐き気がしそうなの、堪えているんだよ?わたしの努力、すこしは認めてね?)

赤い絨毯の上に立ち止まってゼロスを見上げた。困惑した顔でわたしをみていた。ロイドを奪った男の人を困らせているのだと思うと、狂おしいほどの優越感が溢れ出しそう。それと同時に、胃の底で渦巻くような、吐き気がした。

「だって、仕方ないでしょう?」
「え?」
「起きている間は、ロイドはゼロスのだもの。だから、寝ているときにするしか、ないじゃない(今までは、ゼロスにも気づかれないようにこっそりとしていたんだよ、そのやさしさに感謝してほしいくらい、)」

ゼロスはどきりとしたみたいだった。わたしは自分の言葉が彼の奥深くを抉っているのを感じてぞくりとした。

ゆっくりと、再び歩き出す。ゼロスのすぐそばで、すこし濡れた赤毛に触れた。柔らかいくせ毛はわたしのそれより、もっとずっと、やわらかかった。

「いい匂い。綺麗な髪だね (一体何人の女の人がこの髪に触れたんだろうね、見た目とはちがって、きっととても、汚れているんだろうね)」
「あ、の・・・」
「赤くて、つやつやして、とても、キレイ (この髪にきっとロイドも触れたんだね、そうして、あなたはわたしのロイドも汚したんだね)」
「・・コレット、ちゃん?」

真意を問おうと覗き込むゼロスに殺意すら湧く。このひとを殺せばロイドはどんな顔をするのだろうと思うと唇の端が釣りあがってしまう。

「わたしも赤毛になったら、ロイドはわたしをみてくれるのかな」
「なに、いって、」
「ねえ、似合うとおもう?わたしに、赤い髪の毛」
「コレットちゃん?」
「ゼロスの血で赤く染めたら、わたし、キレイになれるかなぁ?」

いつしか、触れた手はひどく強い力でゼロスの髪をひと房つかんでいた。引きちぎれそうな髪の毛。ゼロスは目に見えて震えていた。

そのとき、むこうで微かな物音がした。ロイドが寝返りを打ったのだと気づいた。同時にすこしだけ狂気が薄れて、ああロイドは今このひとを殺したら悲しい顔をすると気がついて、髪を離して、うっすら微笑む。(よかったね、ロイドがいなかったらわたしきっと今、あなたを殺していた)

硬直する身体の横を通りすぎて、ふらりと部屋を出た。






切欠は、昨日の晩、ロイドの声が聞こえたことだった。苦しむような、甘えるような、・・・熱に浮かされたような、ロイドの、声。必死にがむしゃらに、あの男の名前を呼んでいた。リフィル先生は気づいていなかったけれど、耳のいいわたしには聞こえてしまった。(天使って、ほんとうに不幸。わたし、こんなに自分の運命を呪ったこと、なかった、)

それからゼロスへの気持ちが抑えきれなくなった。今までも呪い殺してしまいたいくらいの気持ちを抱えていたけれど、ゼロスがわたしのロイドを穢したのだと知ってからは、湧き出でる殺意がとめられなくなった。嫌いきらいキライ、いますぐ息の根をとめてしまいたいくらいに。

あのひとの髪に触れた自分の手も汚く思えて、安宿の水道で何度も手を洗った。(どうしよう、これくらいじゃ汚れが落ちないかも、)





ああ、汚いなぁ、

早く、あのひとからロイドを取り返さなきゃ、




(・・・・・ロイドがわたしのところにもどってきてくれたなら、そのときはあのひとを心置きなく殺せるのに)






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ゼロス視点Ver