部活中の俺のポジションはもはや球拾いだった。

FWとして前線で駆けていたのはもうずいぶん前のような気がした。見かねた監督がしばらく自主練と言い渡してからすでに一週間以上が経っていた。このところ、追いかけっこで心身疲れ果てていた俺には(監督には悪いが、)ありがたかった。

校舎側にむかって、コーナーを大きく外れたボールを追いかける。グラウンド隅、芝の方まで走った。ずいぶん飛んでしまった。もどる前に新しいボールが使われているだろう、そこまで急がなくてもいいな、なんて、おもっていたら、

「ニャーア」

現れたのは三毛の猫、突然に、足元に。見覚えのある顔におもわず呼ぶ。

「ボロ、」

俺の放心した隙を猫は見逃さなかった。くるりと身を翻し、立派に成長した四足を急がせて六角のボールを奪い、駆け出す。

「っ!あ、ちょっ、ま、てよっ!」

ちょこまかと、サッカー部員も顔負けのコントロールで、ボールを頭で押しながら猫は走る。草むらかき分け、土を跳ねさせひた走る。(なんてはやさだ!もういっそFWは譲るからボールを返してくれ!)

狭い校舎裏をしばらく行って、ふと、ボロは跳んだ。ぴょんと身体を持ち上げて、高く軽く。着地した先は濃紺のブレザーだった。そしてそのブレザーを握り締めていたのは、

「・・・・・・ゼロス、」

顔を上げたゼロスは俺をみつけて目を見開いた。われにかえった俺がとっさに逃げようとすると、素早く腕をつかまれた。ぎしり、強い力に骨まで軋む。

「っはなせ、よ!」

睨むと、逆に引き寄せられた。ゼロスの足元に転がったサッカーボールがころりと揺れる。動いた上体に不満げに鳴いて、猫がゼロスの膝を飛び降りた。抵抗する間もなく、抱き寄せられる。逞しい腕の中にすっぽりと収まってカアと頬が熱くなった。

「っばか!へんたい!なにすんだ、やめろ、はなせよ!(こんなこと、された、ら、俺、おれ・・・!)」
「いやだ」

返ってきた低い声に喉がひりつく。拘束はますます強まった。(あああ!心臓の、うるさいのが、ばれる・・・・!)もぞもぞ抵抗したが抜け出せそうにはなかった。耳に、直接声が吹き込まれる。

「なんで、逃げたんだよ」
「(そっんなこと、いえるわけ・・・!)」
「答えろよ」

声は決して大きいわけではないのにそれでも強かった。その力強さに思わず震撼する。
・・・ああ、とうとう言わなきゃいけないのだと、わかった。言えば、俺たちの関係は壊れてしまうと知っていた。それでも俺はこれ以上ゼロスに非情にはなれなかった。そして俺はゼロスには嘘をつけなかった。

ガタガタと弱気な唇をなんとか励まして、息を数度ふかく吸って、そうして、きゅっと目をつむる。不快に歪む顔は見たくなかった。手のひらをにぎりしめ、そして掠れる声で、やっと、つむいだ。

「・・・すき、なんだ」

言葉にするとそのきもちはますます強まって、俺は手をなんとか伸ばして左胸を押さえた。そうしていないと、拒まれたときのつらさには耐えられないとおもった。

けれど、いつまで経っても拒絶の言葉は降ってこなかった。どうしてと恐る恐る顔を上げる。すぐそばのゼロスの顔は、真っ赤だった。

「え、・・ゼロ、ス?」
「・・・・・・ん、で、」
「なに?」
「だったらなんで、避けたりしてんだよ、この、ばか・・・!!」
「っだ、って!こんなの、きもちわるい、だろ!俺のこと、・・・・・嫌いに、なっただろ?」
「なるか!バカバカバカバカバカバカあーもーこのバカ!」

わしゃわしゃと掻き抱くように腕が背に回される。(ていうかなんだおまえ!バカバカいうな、ますますバカになるだろ!)そしてゼロスはひどく怒った顔で、でもなんだかとても幸せそうな声音で、言うのだ。

「おれも、だ、バカ」
「っ!」

ききまちがいかと、おもった、本気で。けれどあたたかい腕に、現実に引き戻される。ゼロスが俺の肩に顔を埋めた。首筋にかかる吐息に身が強張る。ため息を吐くようにゼロスはいう。

「きらわれたのかと、おもった」
「な、にいって・・・!んなわけないだろ、」
「・・・あの子と、付き合ってんのかとおもった」
「え?」
「このまえ、ここで」
「あ、れは、ゼロスに紹介してくれって、たのまれて、それで・・・」
「・・・それだけ?」
「それだけだよ、だいたい告白されたって俺はゼロスが・・あ、や、その・・・」

言っているうちに恥ずかしくなって、もごと口ごもる。小さくゼロスの笑うのがきこえた。

「なに、笑ってんだよ、」
「いや愛されてるなとおもって」
「っ!る、さい!」

どんどんと広い胸板をたたく。というかいいかげん離せ俺の心臓が破裂したらおまえこまるだろう!じたばたと身を動かすと、それすらもできないようにぎゅううと抱き締められた。

「ゼロ、ス!いいかげんに、」
「だァめ、もう逃がさない離れない逃げるな離れるなずっといっしょにいろ」

不意に、真剣な声にうなじが粟立つ。ずるい、そんな風に言われて俺が拒めるわけがないのに!(なんて卑怯な!)せめてもの意趣返しにおもいきり腕を回して抱きついてやると、触れた左胸がとくん!と跳ねた。とくとくと早い鼓動は自分のそれと同じはやさでひどく心地よかった。

夫婦喧嘩は犬どころか猫も食わぬと三毛猫が鼻を鳴らす。俺を、俺たちをここまで導いたかしこい猫は、我関せずといった体で毛づくろいをしていた。明日からおまえには最高級の猫缶だ、ゼロスがわらう。あたたかい腕の中、俺もわらった。










恋でした


(ひとしきりわらったら、ちょっと照れて、それからあたらしいキスをしよう)










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