昼休み裏庭に行くと、今日はネコだけじゃなく、その名付け親もちゃんといた。俺は笑って手を振った。嬉しくて走った。こけた。・・・笑われた。

いつまでも笑い続けるゼロスを横目で睨みながらその隣に腰を下ろす。ボロの喉を撫でると機嫌良さそうに目を細めて寝転んだ。

お腹が男子学生らしく空腹だと鳴く。転んでもなんとか死守した弁当を広げて箸を取り出す。ゼロスはひょいと身を乗り出して、俺の弁当箱を覗いた。

「ん?どうかしたか?」
「それさぁ、だれが作ってんの?」
「ああ、俺の手作り」

そう言うとゼロスは箱に詰められた料理をまじまじと見つめて、ものすごく疑わしげに俺と見比べた。

「なんだよ、失礼だな。本当に俺が作ったんだってば。この前だって飯作ってやっただろ?」
「だってあれ、レトルトにちょっと足しただけだから、そんなひどい味にはなんないじゃない」
「う・・あ、あれは、食材がなかったから、だな・・!つうか、お前も喜んでたじゃんか!」
「そりゃあ病人で弱ってたからなんだって美味しかったでしょうよ」
「なんだとー!ほんとにうまいんだからな!・・・・ほら、食え!」

金平ごぼうを箸でひとくちつまんで口元に運んでやると、ゼロスはちょっと躊躇して、ややあってようやく口を開いた。

何度か噛んで飲み込むと、ゼロスは不思議そうな顔をした。

「・・・・なんでだ、」
「なにが?」
「いや、金平ごぼうの味がしたから」
「っ、なんでだじゃねぇ!ちょっとは俺の腕を信じろよなっ!一応毎日自分で作ってるんだから」

火星人でも見るような目でゼロスは俺を見た。(なんだその信じられないと言いたげな目は!)

「おかしいな、見た目はあれでも味はカオスなのかと思ったのに」
「ほんっと失礼だな!カオスじゃねえしっ!これでも料理は得意なんだぜ」
「ふーん、そっか」

ゼロスはそれ以上なにも言わなかったが、何度かちらりとこっちをみていた。試しに卵焼きも食べるかと聞いたらいらないと言われた。そういえば、

「おまえの昼飯は?」
「さっき食った」
「もう?」
「ああ」

ひらりと、ゼロスはそこらに転がっていたなにかを持ち上げる。黄色い箱、ローマ字、ゴシック体。

「っ、そ、れ、カロリーメイトじゃんか!え、なに、まさか、それだけとか、言わないよな?」
「うんだいじょーぶ、これとあとメロンゼリーも食べたし」
「・・・そんだけ?」
「俺、いつもそうだけど」

あっけらかんと言うからしばらく口が利けなかった。ようやくリアクションの正解がわかって、目の前の頭をぺしりとたたく。ゼロスがたたかれたところを押さえながら、なんでよ、と恨みがましそうににらむ。

「バッ、カ!おまっ、おっまえそんなんじゃ栄養足んねえだろ!もっと食え!ちゃんと食え!ほら俺の弁当分けてやるから、」
「えええなんでよいいよべつにいらないよカロリーメイト意外と栄養あるから大丈夫よ俺、」
「だいじょばないのっ!・・・ほら、口、開けろよな」

箸でハンバーグを切り分けて押し付ける。渋々ゼロスはそれを食べた。野菜もおかずもフルーツも、ひとくちずつ分けると、ゼロスがもういいもういいと言うから、しょうがなく俺はそこで箸を運ぶのを止めた。ちょっとだけ残ったささみはボロにやる。三毛猫は嬉しそうに喉を鳴らした。

「つか、おまえ、ホントにもっとちゃんと食べないとだめだぞ、育ちかざ・・・育ちざかり、なんだから。それに、ちゃんと食わないとこの前みたいにまた風邪引いちまうぞ、」
「だって、コンビニのお弁当って飽きるじゃん」
「いや買ったのじゃなくて作ったもの食った方がいいって、ひとりで大変なら、おにぎりだけでもいいから」
「んー・・・」

考えとく、とだけ言ってゼロスはふらりと寝転がってしまった。








「あれ?」

まばたきしてもそれはそこにあって、俺はその不思議な光景に首を傾げた。美味しそうな取り取りのお弁当、ゼロスの膝の上。

「・・・・・昨日まで、カロリーメイト星の王子じゃなかったっけ?」
「嫌だなァ誰だそんな不健康なやつは。俺さまが栄養バランスの大切さを教えてやろう」

ほらおめー食うかと言いながら細い箸でおかずをつまんで、ボロに差し出す。ボロは嬉しそうに口を開けた。そういえば最近ではちょっとまるくなってきたなと思いながら、弁当箱に目を戻す。

「どうしたんだよ、それ」
「前に、執事に育てられたって、言っただろ?」
「え?・・ああ」
「いまはもう引退したんだけど、作ってくれないかって言ったら、なんだかずいぶん豪勢なの、作られちまってさ」

こんなに食べきれねえよ、とゼロスは笑う。困っている口調と裏腹にその表情は明るかった。

「執事さん、いい人なんだ?」
「・・・そうだな、いま考えると、ずいぶん尽くしてくれたと思う。昨日もさ、久々に電話したら、すげー嬉しそうでさ、」

ゼロスはうれしそうに喋る。本当にいい執事さんなんだなと俺は思った。

それからとなりに腰を下ろすと、ゼロスはじっと俺の弁当箱をみつめた。

「・・・・?・・なんだよ」
「今日のメニューは?」
「え?えっと・・しゅうまいとひじきと目玉焼きとー・・あと焼きそば」

言いながらもそもそと弁当箱を開ける。ゼロスはしばらく中身を見てから、ぽつりと、

「焼きそばひとくちね」

と言った。俺がぽかんと口を開けると、はい、と弁当箱のフタにエビフライを載せて、焼きそばをひとたばひょいと取った。あざやかな手つきに圧倒されているうちに、ゼロスはさっさと食べてしまった。

「って、なにふつーに交換してんだよ!執事さんがせっかく作ってくれたんだろ?」
「・・・・・・いいじゃん、べつに」
「で、でも、俺のよりそっちのがおいしいだろ?」
「そんなことねえよ!」

ゼロスがきゅうにキッと目をつり上げるので俺は狼狽した。ちょっと怒った顔でゼロスが続ける。

「元はといえばおまえのせいなんだからな」
「へ・・?」
「おまえが強引に食わせたりするから、毎日食べたくなっちまっただろうが」
「あ・・・の、ゼロス?」
「そんで、なにも返さねえのも悪いから執事に作ってくれって言ったんだよ、どうだよわかったかよ」
「あ、うんうんわかったからあの・・・・」

勢いづくゼロスを両手で制すると、ようやく我に戻ったのか、ゼロスがはっと口を押さえた。

「・・・・・俺さまいま、すげー恥ずかしいこと、ゆった・・・?」
「・・・・・・・・そう、かも」

赤くなる頬、互いに。なんだかやけに気まずくて、俺はゼロスから目をそらしてお弁当に箸を運んだ。ゼロスもいたたまれないのか、黙々と食事をしていた。

でも、照れるけど気恥ずかしいけど、ゼロスなりに遠まわしに「美味しい」と言ってくれたのはうれしくて、俺はしゅうまいをひょいと運んだ。ゼロスの立派な弁当箱の隅に、ちょこんと置く。ゼロスは振り向いた。

「あの、さ、いちご、いっこ、もらってもいいか?」

目を見開いて、それからゼロスはにか、と笑った。数秒後には大振りのいちごが山のように返ってきた。




(ちょ、まてよ、こんなにいちごばっかり食べきれねえって・・・・!)











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