さむ、

吹き抜ける風に身がすくんだ。玄関口はさすがに寒くて階段の横まで移動したのに、まだ冷える。

10月に入ると急に冷え込んだ。いそいそクローゼットから取り出してきたばかりでやけに初々しいブレザーの下にセーターも着こんで、マフラーも巻いてじっと待つ。

われながらバカバカしい、

いつもならもう妹の病院に向かう途中の地下鉄に乗っている頃なのに、いつ来るとも知れない男をただ待っている。

もちろん妹のことは気がかりだった。時計もさっきからちらちら気にしている。けれどそれ以上に、あいつの漏らした一言が頭に響いている。俺今日カサないんだよねと、空模様を見上げた不安げな横顔。おかげで、帰ろうとしたのに今一歩踏み出せずに、こんなところでカサを握り締めて座り込んでいる。(ああくそ、来たらまず文句を言ってやる、)

そんなことを考えていた矢先、そいつはやって来た。廊下の向こうから歩いてきて、俺を見た瞬間ガチダッシュ。(ああもうお前何してくれてんのよそんな嬉しそうに両手挙げて走って来られたら文句のひとつも言えやしない!)

「・・っ・・ゼロ、ス?なにしてんのお前どうしたんだよ、放課後は、」
「カサ、ないんだろ」
「え?」
「ないって、ゆってたから」

立ち上がってふいとカサを差し出す。ロイドはきょとんとした。カサと俺とを見比べて、それから、ハッと気づいた顔になって両手をぶんぶんと振って、

「おっ、俺なら平気だぜ!家近いしこれくらいの雨なら走って帰れるし、あ!その・・・えっと、俺のこと、待っててくれたんだよ、な?」

勘違いじゃないよな、と不安げに見上げてくるのに苦笑する。(おまえはもちっと俺さまの優しさを信じなさい)カサを持ち替えて空いた手でロイドのセーターを握った。

「ほら、帰るよ」
「え!あの、ちょ、まって、待てって、ゼロス、」

慌てるのも気にしない。さっさと自分の靴を履き替えると、ロイドはしょうがないなと呟きながら自分も下駄箱を開けた。



雨は強まっていた。サァサァと降りしきる中、男子高校生ふたり、押し合いへし合い、帰路をゆく。ビニール傘はさすがに二人で入るときつくて、右の肩がなかなか悲惨なことになった。見咎めたロイドがカサを黙ってこっちに追いやる。俺は無言で反抗して、左手に持った柄をロイド側に傾けた。当然のようにロイドの抵抗、俺の押し返し、くりかえし、くりかえし。

信号で立ち止まると、ロイドが怒る。

「濡れるだろ、カサ、そっちやれよ!」
「なにいってんだ、そしたらおまえが冷えるだろうが!」
「いーんだよ俺は部活で鍛えてるから!」
「だったらなおさらだ、風邪引いたら試合とかどーすんのよ!」

問答、雨すらかき消す声音。しばらく続いて業を煮やしたロイドが強引にカサを奪った。そうして不意に、左手に触れるものがある。握り締める右手、カサを持つ左手、走り出すロイド、釣られる俺。気がつけば信号は点滅していて、俺たちはただ一心に走った。

白黒の道を駆け終えて、息を整えながらも手はゆるく繋がれていた。

「っ・・ふ・・・、ロイ、ド?」
「・・・・こうしてたら、あんま、濡れないじゃんか」

視線を下ろす。言われてみれば、くっついた分だけ、カサからはみ出るところは減っていた。というか、手があたたかすぎて、言われるまで雨に打たれているのを忘れていた自分に苦笑する。ロイドがちらりと見た。

「その・・やだったら、離すけど」
「え?・・・・・ああ、このままじゃ、嫌かも」
「っ!ご、ごめ、」

慌てて離れようとするのを、手をぎゅっと握って止める。ロイドはおろおろと俺を見上げた。

「そういう意味じゃねえよバカ。・・・繋ぐならちゃんと繋いでろ、さむいだろ」
「・・・おまえ、なんかそれ、すげー、はずかしーぞ」

女子にこうゆうことするなよな、とロイドはそっぽ向く。耳が赤かった。(バァカ俺さまは腕が二本しかねえんだぞ?妹に片手、おまえに片手で埋まっちまうから繋ぐ余地がねえっつうんだよ)

ロイドが歩き出す。次の角は右だそうだ。いつになく楽しくて、水たまりをぴょんと跳ぶ。つられてよろけたロイドが怒った顔で見上げた、俺は笑った。






(ああおかしいな憂鬱の秋雨なのにこんなに心が晴れ晴れしているのはなぜだ)










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